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東北帝国大学
学園に見る時代相(2)
1936年(S11)~1945年(S20)
<日中戦争 1937年(S12)7月7日~>
* 1938年(S13)2月1日、宮城県特高課、第二次人民戦線事件で佐々木更三、宇野弘蔵(当時は、東北帝大文学部助教授)ら14名検挙(「仙台市史10 年表」P292、「仙台市史 特別編4 市民生活」P265)
* 1939年(S14)7月10日、興亜青年勤労報国隊北支蒙彊派遣東北帝大第一班11名、仙工10名、茨城県内原訓練所に出発/9月21日帰還
* 1940年(S15)8月30日、文部省より、学生生活刷新要綱等を各地方長官、大学専門学校長等に通牒
* 1940年(S15)9月1日、満州国産業視察団興亜学生勤労報国隊帰県(東北帝大教授市原通敏統率)
* 1940年(S15)11月19日、東北帝国大学報国団結成(「重訂 宮城県郷土史年表」P479)
<太平洋戦争 1941年(S16)12月8日~>
* 1941年(S16)8月8日、文部省、学校報国団再編成を訓令(全国中等・高等・専門学校及び公私立大学の学生生徒をもって学校報国団を組織することを決定発表す)
* 1941年(S16)10月7日、東北帝国大学報国団結成式
<戦時中、大学の修業年限短縮>
* 1941(S16)年度 大学・専門学校・高等師範学校・実業専門学校など、3か月短縮し、2年9か月間に(S17年3月卒業生はS16年12月卒業)
* 1942(S17)年度~1944(S19)年度卒業生、6か月短縮
* 1945年(S20)年度卒業からは、3年間(短縮なし)
(旧制高等学校は、S17~19年度卒業予定者は、6か月短縮し、2年6か月間 / 20年度予定者は1年短縮し2年間)
<戦後>
* 1945年(S20)11月28日、法文学部学生大会
* 1945年(S20)12月1日、服部英太郎、宇野弘蔵両教授復帰
「仙台市史10 年表」P292、P296、P301、P302、P310、/「重訂 宮城県郷土史年表」P476、P479、P484、P485
大学・旧制高校の修業年限短縮の出典は、(1)「京都大学大学文書館研究紀要第15号」(2017年)P30、(2)文部科学省HP「高等教育の戦時体制化」
https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317703.htm
東北帝国大学
沿革(2) ~各学部・研究所設置~
1919年(T8)~1940年(S15)
<理学部>
* 1919年(T8)4月1日、名称変更
東北帝国大学理科大学 → 東北帝国大学理学部
<医学部>
* 1919年(T8)4月1日、名称変更
東北帝国大学医科大学 → 東北帝国大学医学部
<附属臨時医学専門部>
* 1939年(S14)5月、臨時医学専門部設置(全国の官立大学に設置し軍医不足に対応=菅家年表P22) → 1944年(S19)3月、附属医学専門部 → 1952年(S27)3月廃止
<医学部付属病院> → 項目「東北帝国大学医学部付属病院」参照
<工学部>
* 1919年(T8)5月22日、工学部設置
* 1939年(S14)4月、工学部に航空学科設置
<鉄鋼研究所 → 金属材料研究所>
* 1919年(T8)5月22日、工学部設置に伴い、東北帝国大学臨時理化学研究所第二部が東北帝国大学附属鉄鋼研究所となる → 1922年(T11)8月9日、金属材料研究所と改称
<法文学部>
* 1922年(T11)8月29日、法文学部設立
<電気通信研究所>
* 1935年(S10)6月1日、附属電気通信研究所設置(「仙台市史10 年表」P286では9月25日設置)→ 1944年(S19)1月、電気通信研究所
<農学研究所> * 1939年(S14)8月、農学研究所設置
<その他>
* 1937年(S12)、早川牧場跡に大学のトラックと野球場が完成(佐々久「近代みやぎの歩み」P86)
東北大学HP「沿革図」
/「宮城県百科事典」P756~759/「仙台市史 年表」P98~99、P101/「重訂 宮城県郷土史年表」P446、P468~469/菅家文英「生活の変わりようをみる昭和の年表」P22
設置年などが上記年表と東北大学HP掲載「沿革図」と異なる場合は、「沿革図」を基本にした
99-060
、
99-061
/金属材料研究所は、
99-065
、
53-97
/「目で見る仙台の歴史」P148に、地質岩石学教室と鉄鋼研究所、医学部(大正4年)「法文学部(大正11年)/「宮城県百科事典」P757に片平丁の構内全景(昭和4年頃、空撮)
東北帝国大学医学部付属病院
開院
1913年(T2)~1947年(S22)
* 1911年(M44)4月、北四番丁(現星陵地区)に県立宮城病院の新病院棟が開院(宮城病院本館として建築)
<東北帝国大学時代>
* 1913年(T2)4月1日、宮城病院、東北帝国大学に委譲され、医学専門部附属医院となる / 内科(2科)、外科、眼科、産科婦人科、小児科、皮膚科及び耳鼻咽喉科の8診療所(340床)を開設
* 1915年(T4)7月、東北帝国大学医科大学附属医院と改称
* 1919年(T8)4月、東北帝国大学医学部附属医院と改称
* 1944年(S19)12月、鳴子分院開設(温泉医療目的)
<戦後>
* 1946年(S21)3月1日、長町分院開設(臨床講義のため)
* 1947年(S22)9月、東北大学医学部付属医院に名称変更
→ 以降は、項目「東北大学医学部付属医院」参照
「宮城県百科事典」P759「東北大学医学部付属病院」/「仙台市史 年表」P96/「明治の洋風建築-宮城県- P73「宮城病院」/「重訂 宮城県郷土史年表」P509/「仙台市史10 年表」P312/東北大学病院HPの「沿革」/「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P727~728
99-067
、
53-60
/「目で見る仙台の歴史」P144/「仙台市史 特別編4 市民生活」口絵図30(T5年)
東北帝国大学
学園にみる時代相(1)
1925年(T14)~1935年(S10)
* 1923年(T12)秋、東北帝国大学社会科学研究会発足 / 都市貧困地区への援助活動としてのセツルメント活動を東二番丁で行ったり、無産政党設立準備のための政治研究会仙台支部を結成したり、仙台一般労働組合を組織など / 東北帝大を中心として社研関係者に徹底的な弾圧、医学部・法文学部などの学生が仙台警察署に拘引され、家宅捜索で押収した手紙や日記をもとに、関係者を召喚 / 社研は解散声明発表(「仙台市史 特別編4 市民生活」P535)
* 1925年(T14)4月22日、治安維持法制定
* 1928年(S3)10月30日、文部省、思想問題のための「学生課」設置、各大学に学生主事をおく(「岩波」P5)
<満州事変 1931年(S6)9月18日~>
* 1931年(S6)12月1日、東北帝国大学満州慰問連合会結成(「仙台市史10 年表」P277)
* 1932年(S7)、満州ブームの一例、佐々久氏の旧制二高同級生の半分が、大学卒業後すぐに満州に渡る(佐々久「近代みやぎの歩み」P80)
* 1932年(S7)2月10日、赤化運動によって東北帝大生4人検束(「市史10 年表」P278)
* 1932年(S7)11月14日、宮城県124名、東北帝大理学部助教授服部鼎、東北中学教員鈴木博等逮捕さる(「市史10 年表」P279)
* 1933年(S8)1月18日、(旧制)第二高校生12名検挙(青共同盟建設実行運動に関し)(「市史10 年表」P280)
* 1933年(S8)5月27日、京都帝大瀧川事件に東北帝大生起ち、法文学部有志大会を開く / 6月14日、瀧川事件応援に東北帝大生代表出発 / 6月16日、東北帝大有志が学生大会で決議(瀧川教授休職取消、京大法文学部閉鎖反対など) / 6月23日、東北帝大法文学部同盟休校(「市史10 年表」P281)
* 1933年(S8)10月6日、消費組合設立運動者東北帝大法文学部学生3名検挙(「市史10 年表」P281)
* 1933年(S8)10月25日、共青事件街頭レポ東北帝大生門平謙三検挙、(共青関係者検挙終わる)(「市史10 年表」P282)
* 1934年(S9)6月1日、文部省、学生部を拡充,思想局設置(「岩波」P11)
* 1934年(S9)6月27日、宮城県特高課、共産青年同盟関係者東北帝大生ら6名検挙(「市史10 年表」P283)
岩波ブックレット「年表 昭和史」P5、P11/「仙台市史10 年表」P277、P278、P279、P280、P281、P282、P283/「仙台市史 特別編4 市民生活」P265、P534~536//佐々久「近代みやぎの歩み」P80
「仙台市史 特別編4 市民生活」P265(S13年2月2日、宇野弘蔵東北帝大法文学部助教授らの検挙を伝える「河北新報」)
東北帝国大学
沿革(1) ~理科大学・医科大学・工学専門部~
1907年(M40)~1919年(T8)
<東北帝国大学>
* 1907年(M40)6月22日、東北帝国大学、東京、京都につぐ3番目の帝国大学として仙台に創立(設置決定)
・創立に当たり新設経費として、古河虎之助、宮城県、北海道から寄付を受ける(「仙台市史 続編第2巻(経済文化編)」P532)
・古河虎之助から40万6262円、宮城県から15万円、北海道から10万円の寄付(「重訂 宮城県郷土史年表」P338)
・日露戦争後の不況で国庫は不況で国庫は底をついていた。時の内相原敬は、古河合名社の副会長だったが、足尾鉱毒事件への世の批判を和らげ、東北帝国大学創設の行き詰まりを打開しようと、富豪に献金を行わせて100万余円を得た。赤レンガの校舎全部は古河の寄付によった。県の寄付15万円は設備備品費分であった。(「宮城県百科事典」P756)
<東北帝国大学農科大学(札幌)>
* 1907年(M40)9月、札幌農学校が東北帝国大学農科大学となる
* 1918年(T7)4月、農科大学が東北帝国大学から分離独立し、北海道帝国大学農科大学となる
<東北帝国大学理科大学 / 理学部>
* 1911年(M44)1月1日、理科大学を片平丁に開設(3月に、数学・物理学・化学・地質学の4学科12講座を置く)、9月11日授業開始(「仙台市史 続編第2巻(経済文化編)」P532、宮城県百科事典」P756)
* 1913年(T2)9月22日、理科大学、「女性3名が入学して初の女性の帝国大学生となる」(「仙台市史 年表」P96)
* 1919年(T8)4月1日、東北帝国大学理科大学が、東北帝国大学理学部に改編・改称される
・ 東北帝国大学理科大学の名称は、M44年~T8年の約10年間 / 理科大学の正門は、理科研脇にあった
<東北帝国大学医学専門部 / 医科大学 / 医学部>
* 1912年(M45)4月、仙台医学専門学校を合併して、医学専門部とする(T7年4月26日、廃止)
* 1915年(T4)7月14日、東北帝国大学医科大学開設
* 1919年(T8)4月1日、東北帝国大学医科大学が、東北帝国大学医学部に改編・改称される
<医学専門部付属病院> → 項目「東北帝国大学医学部付属病院」参照
<工学専門部>
* 1912年(M45)4月、仙台高等工業学校を合併して、工学専門部とする
* 1921年(T10)4月1日、工学専門部が分離独立し、再び仙台高等工業学校となる → 項目「仙台高等工業学校」参照
東北大学HP掲載「沿革図」
http://www.bureau.tohoku.ac.jp/koho/pub/gaiyou/gaiyou2011/pdf/gaiyo2011_05.pdf#search=%27%E6%9D%B1%E5%8C%97%E5%A4%A7%E5%AD%A6+%E6%B2%BF%E9%9D%A9%27
設置年月などが下記年表と東北大学HP「沿革図」と異なる場合は「沿革図」を基本にした
「宮城県百科事典」P756~759/「仙台市史 年表」P94、P95、P96、P97、P98、P100/「仙台市史10 年表」P239、P286、P313/「重訂 宮城県郷土史年表」P338、P348/「仙台市史 続編第2巻(経済文化編)」P532
「新・目で見る仙台の歴史」P141(M44年、東北帝国大学開学式)/「仙台市史 特別編4 市民生活」P256(T5年、教師・学生記念写真、日本初の女子大生牧野らくも写る)/同P257(T2年、女子入学に対する文部省の意見書)/「仙台市史 特別編4 市民生活」P263(女子入学を風刺する「東京パック」) /理科大学は、
18-18
、
99-063
、
99-064
/医科大学は、
99-066
、
53-60
/「宮城県百科事典」P756~757(片平丁の大学本部写真、昭和4年頃の片平丁校舎構内)
東北帝国大学
沿革(3)~各学部・研究所設置~
1941年(S16)~1947年(S22)9月
<選鉱製錬研究所>
* 1941年(S16)3月、選鉱製錬研究所、設置
* 1946年(S21)7月7日、選鉱製錬所、開所式
<抗酸菌病研究所> * 1941年(S16)12月、設置
<科学計測研究所> * 1943年(S18)1月、設置
<高速力学研究所> * 1943年(S18)10月、設置
<航空医学研究所>
* 1943年(S18)10月、設置 → 1946年(S21)1月、廃止
<非水溶液化学研究所> * 1944年(S19)1月、設置
<硝子研究所> * 1945年(S20)1月、設置
<その他>
* 1941年(S16)10月31日、本多記念館竣工、献堂式(玄関の松は、乃木希典が第二師団長当時、その邸内にあった松を移植)
<戦後>
* 1947年(S22)4月、農学部設置
* 1947年(S22)10月1日、東北帝国大学を東北大学に改称(全国の帝国大学の名称を廃止) / ただし、国立大学設置法に基づく東北大学設置は、1949年(S24)5月31日
東北大学HP「沿革図」
/「宮城県百科事典」P756~759/「仙台市史 年表」P115/「目で見る仙台の歴史」P164
設置年などが上記年表と東北大学HP掲載「沿革図」と異なる場合は、「沿革図」を基本にした
「目で見る仙台の歴史」P164に、「抗酸菌病研究所」(S18年、北四番丁に完成)と「本田記念館」
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索引
あ
アーケード
アート・スミスの宙返り飛行
RTO(仙台)
愛国婦人会
愛の聖母院
アインシュタイン
青葉城
青葉城恋歌
青葉城資料展示館
青葉神社
青葉通り
青葉まつり
青葉山
青葉山公園
青葉山植物園
青葉山遊歩道
秋保電鉄
愛宕大橋(広瀬川)
愛宕堰
愛宕橋(広瀬川)
アメリカシロヒトリ防除
ありのまま舎
安保反対闘争
い
イールズ事件
遺児の日
泉ヶ岳勤労者野外活動センター
泉岳少年自然の家
イズミティ21
市場
一番町(旧・東一番丁)全域
一番町(旧・東一番丁)北部
一番町(旧・東一番丁)中央部
一番町(旧・東一番丁)南部
一銭橋(広瀬川)
いのちの電話
移民
医療機関
岩切城跡
う
牛越橋(広瀬川)
馬市
梅川漆器舗
梅田川清掃運動
埋木細工
え
ATM
映画館
衛戍病院(陸軍病院)
エキスポートバザー
X橋(宮城野橋)
NHK仙台放送局
NHK全国児童唱歌コンクール
NHK東北児童唱歌コンクール
NHK全国唱歌ラジオコンクール
NTT東北支社
MRI
LNG基地
エル・パーク仙台
お
横断歩道橋
大型店・量販店
大倉ダム
大崎八幡宮
大手門
大橋(広瀬川)
億ション
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音楽コンクール
か
海岸公園
偕行社
買出し
街灯
学制改革
学童疎開
学徒勤労動員
学徒出陣
火災(地域)
ガス
霞目飛行場(仙台飛行場)
火葬場
ガソリン切符制
片倉製糸
ガダルカナル戦
学校教練
渇水
勝山公園
河北新報社
河北遊園地
釜房湖(ダム)
紙芝居
亀岡八幡神社
臥竜梅
カルトン食堂
簡易保険保養センター
環境基本条例
がん検診センター
勧工場・商館
幹線道路
き
紀元2600年
気象台
北山五山
切手代(ハガキ)
木町通小学校
義務教育期間
キリンビアホール
禁煙
銀行(地域の銀行)
銀行(都市銀行)
錦章堂ビル
金属回収
金の星(カフェ)
金富士(料理店)
勤労青少年ホーム
く
空襲
国見浄水場
軍事教練
軍需工場
軍都・仙台
軍刀(陸軍)
軍馬の銅像
軍服(陸軍)
軍用機献納
け
蛍光灯
警察
警察署
競馬
敬老乗車証
下水処理
血液センター
県営宮城野原公園総合運動場
県営宮城野球場(宮城球場)
県営宮城野原硬式庭球場
県営宮城野原蹴球場
県営宮城野原陸上競技場
県営宮城自転車競技場
元気フィールド仙台
健康都市宣言
県立学校、名称変更
県令 → 知事
こ
興亜奉公日/大詔奉戴日
公会と隣組
公害・環境問題
公害市民憲章
公害防止条例
光化学スモッグ
公職追放/追放解除
公設浴場
交通監視用テレビ
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工兵第二大隊 /工兵第二連隊
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国際反戦デー
国定公園
国鉄
国道45号線
国道48号線
国民学校
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国民勤労動員令
国民健康保険
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国民登録/勤労報国隊
国民徴用令
国立仙台病院
国民服
国民帽
こけし塔
五色沼
国旗掲揚
子ども会など
午砲
米騒動
さ
在外同胞救出仙台学生同盟
在郷軍人会
在住朝鮮人大会
斎藤報恩会
蔵王エコーライン
桜ケ岡公園(西公園)
桜ケ岡大神宮
サマータイム
産業組合中央会
三居沢交通公園
三陸自動車道
し
JR東日本
自衛隊
市街化区域
市街地住宅
自警団
時差出勤
思想弾圧/共産党員検挙
四大節
七十七銀行
市町村合併
輜重兵第二大隊 /輜重兵第二連隊
実業補習学校
自動車
自動車専用道
シネマスコープ
師範学校
紙幣・硬貨(戦後)
姉妹都市
市民の家
市民のつどい
市民福祉会館
市民土曜音楽会
市民利用施設
社会教育(戦後)
釈迦堂
車両ナンバー
週休二日制
住居番号表示制
住宅団地
柔道・剣道
祝賀行事
主食配給量
殉国勇士の家
障害者福祉
鐘景閣
松根油
定禅寺通り
昭忠碑
商店など
常磐線
消費者団体
消防組/防護団/警防団/消防団
昭和三陸大地震津波
食糧メーデー
女子挺身勤労令
女子挺身隊
シルバー人材センター
新憲法
新国丁
震災遺構
新産業都市
新住居表示制度
親切運動
新仙台港
身体障害者福祉モデル都市
仁丹マーク
進駐軍(米軍)
新寺小路地区都市改造事業(区画整理)
新伝馬町商店街
新常盤町(遊郭)
新聞社
人力車
す
水害
水道事業
瑞鳳殿
スパイクタイヤ
スポーツ少年団
スポーツセンター
スポーツ大会
隅櫓
せ
青少年団
清掃事業(行政)
清掃工場
政党県支部など(戦後)
青年訓練所
青年学校
青年団
税務署
精養軒
政令指定都市
セコイヤの化石
戦後開拓
戦後教育・仙台
戦後の物資・価格統制撤廃
戦後復員/引揚げ
戦災記録
戦災者・引揚者用住宅
戦災復興
仙山線
戦時衣料
戦時下の学園
戦時中の勤労動員/就労規制
戦時中の疎開者受入れ
戦時中の物資統制、使用規制
仙集館
戦勝祝賀行事
仙石線
仙台朝市
仙台アメリカ文化センター
仙台育児院
仙台駅
仙台オープン病院
仙台卸商センター
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仙台軌道(仙台鉄道)
仙台郷土研究
仙台空港
仙台空港アクセス鉄道
仙台空襲
仙台空襲後の空襲
仙台高等工業学校
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仙台国際センター
仙台国税局
仙台座
仙台市(名称変遷)
仙台CIE図書館
仙台市営地下鉄
仙台市営バス
仙台市街自動車
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仙台市市民文化事業団
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仙台市電
仙台市天文台
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仙台市の動物園
仙台市の特徴ある条例・宣言・憲章・事業
仙台市の農村・農業
仙台市の花・木・鳥・虫
仙台市博物館
仙台市武道館
仙台市兵事義会
仙台市ボランティアセンター
仙台市ミートプラント
仙台市民会館
仙台市民ギャラリー
仙台市民教養センター
仙台市民図書館
仙台市民の消費生活を守る条例
仙台市民文化センター
仙台市紋章
仙台市役所庁舎
仙台ショーハウス
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仙台城二の丸焼失
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仙台市立病院
仙台市歴史民俗資料館
仙台信用金庫
仙台スタジアム
仙台赤十字病院
仙台専売支局
仙台専門店会
仙台七夕
仙台鎮台
仙台鉄道管理局
仙台電報局
仙台東部道路
仙台東宝劇場
仙台トラック輸送センター
仙台南部道路
仙台西道路
仙台の裁判所
仙台バイパス
SENDAI光のページェント
仙台美術館
仙台平
仙台フィルハーモニー管弦楽団
仙台復興祭グランドフェア
仙台物産陳列所
仙台北部道路
仙台ホテル
仙台陸奥館
仙台郵便貯金会館
仙台臨海鉄道
戦没者遺骨調査・収集
戦没者慰霊
そ
創価学会会館
総進軍大会
た
体育館
体外受精
大学・短大
大学紛争
大政翼賛会/新体制/公会/報国会
第二高等学校(旧制)
第二師団
第二師団凱旋記念満蒙軍事博覧会
第十三師団
第三十三師団
第四十二師団
大日本国防婦人会
大日本婦人会
大日本連合婦人会
台原森林公園
台風被害(戦後)
多賀城跡
高橋是清
タクシー
宅地造成ブーム
竹槍訓練
立町小学校
谷風の墓所
多門師団凱旋
多門通り
男女共学
ち
地価狂乱
乳銀杏
ちびっこ広場
駐留軍(米軍)
彫刻のあるまちづくり事業
鳥獣特別保護区
朝鮮館
朝鮮人移入労働者
朝鮮戦争
樗牛瞑想の松
チリ地震津波
つ
榴ケ岡公園
堤人形
ツルヤ洋菓子店とカフェ・クレーン
て
デイケアー
貞山運河(貞山堀)
逓信関連
停電
出稼ぎ者相談所
テレトピア構想
テレビアンラジオ
テレフォンカード
電気開始(仙台)
電球
電信開始(仙台)
天神社
伝染病流行
伝統町名保存
天皇、仙台行幸
電力ホール
電話
電話開始(仙台)
と
土井晩翠
東一マーケットと中央マーケット
洞雲寺
灯火管制
東京オリンピック(昭和)
東照宮(仙台)
東部復興道路
同胞援護会
東邦生命ビル
東北学院
東北産業博覧会
東北自動車道
東北新幹線
東北振興/農村更生
東北大学
東北大学病院
東北鎮台 →仙台鎮台 →第二師団
東北帝国大学
東北電力
東北本線
東北楽天ゴールデンイーグルス
東北歴史資料館
東北六魂祭
東北絆まつり
遠見塚古墳
特別調達庁
都市型CATV
特急はつかり
特急ひばり
トラックターミナル
な
名掛丁商店街
仲の瀬橋(広瀬川)
長町駅
奈良原式鳳号
に
西内楽器店
西公園(桜ケ岡公園)
西本願寺別院(東一番丁)
二十人町
日米野球
ニッカウイスキー工場
日本銀行
日本生命館
日本鉄道
日本農民組合
ね
ネオンサイン
年賀郵便
年中行事(まつり)
の
乗合馬車
は
敗戦後の諸相・仙台
廃藩置県(仙台県誕生)
バカンス(流行語)
爆弾三勇士の歌
博覧会・フェア
芭蕉の辻
芭蕉の辻商館
芭蕉の辻の城櫓風建物
芭蕉の辻の洋館
バス
バスプール
バス優先レーン
支倉常長(記念碑/銅像)
発電事業
パテー館
花火大会
針久旅館支店(仙台駅前)
ハリストス正教会堂
藩祖政宗公三百年祭
藩祖政宗公の記念祭
ひ
東一番丁(商店街)
東一番丁大火
東一番丁百年祭大仮装行列
東二番丁尋常小学校
東二番丁通り(拡幅)
東日本大震災
光ヶ丘天使園
飛行船「雄飛号」
飛行大会
ひとにやさしいまちづくり条例
ヒトラーユーゲント一行が来県
日乃出映画劇場
ひらつか(東一番丁)
ビル建設
広瀬川の清流を守る条例
広瀬通り
広瀬橋(広瀬川)
ふ
プール
フェリー
俯瞰撮影禁止など
福祉ボランティアのまちづくり事業
富国生命館(国分町)
藤崎
フジビール
婦人参政権獲得運動
婦人の社会活動(戦後・仙台)
婦人標準服
普通選挙要求運動
物価上昇
二日町大火
復興盆踊り
仏舎利塔
ブラザー軒
文化キネマ/文化劇場/仙台松竹映画劇場
文学碑など(仙台)
文化勲章
文化財指定
文化横丁
へ
兵役制度
米軍進駐
兵事義会/銃後奉公会
ベガルタ仙台
ペデストリアンデッキ
ヘレンケラー女史
ほ
奉安殿
防空演習
ポケットベル
歩行者天国(東一番丁)
ホテル
歩兵第4連隊
歩兵第104連隊
本土決戦体制
ま
政宗卿騎馬像
政宗卿平服像
松島座/パテー館/仙台日活館/仙台日活劇場
松島パークホテル
松永正敏中将
松原街道
マナスル登頂成功
丸光
満年齢
満蒙開拓
み
右側通行
水の森スケート場
三越(仙台店)
緑と花いっぱい運動
緑の団地条例
南町大火
南町通り(多門通り)
三原時計店
宮城学院
宮城教育大学
宮城県沖地震
宮城県会議事堂(明治時代)
宮城県旗の図案
宮城県弘報誌「みやぎ」
宮城県県民の森
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む
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用語(大東亜共栄圏)
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