分類項目 | 校舎(旧二高・高等工業・東北大) |
タイトル | 東北帝国大学(東北大学)理学部と金属材料研究所 |
写真番号 | 53-97 |
場所 | 仙台市片平丁 |
映像内容 | 片平丁の通りから北東方向を撮影 / 建物は左手前が当時は理学部、その右が金属材料研究所 / 右角は小川記念公園(小川正孝第4代総長の記念碑がある小さな三角形の公園) / 公園の柵は戦前は太い鉄の鎖だったが、戦時中は金属回収でなくなり、木の棒となった(備考欄参照) |
撮影年代 | 1936年(S11)頃~昭和20年代 |
撮影年代判定根拠 | 写真 99-065 と建物、路面状況、電柱、公園などは同じだが、戦後撮影の可能性もある(ここは仙台空襲被害を免れた) |
関連情報/参考文献 | 前身の東北帝国大学理科大学は明治40年創立、明治44年開校 / 大正8年、学制改革で理科大学は理学部に名称変更 / 「東北大学萩友会(同窓会)のHP」 →「小川記念公園は、昭和7年月11日に除幕式」 |
備考 | 撮影)森権五郎 <青葉区・清野光枝さん(昭和12生まれ)の思い出 「金属回収で消えた公園の柵」> 「写真右の公園の柵に2本ずつ渡してあるパイプは太い鉄の鎖だったような気がするが、鉄の供出である時から無くなり、終戦間近(昭和19年頃)は木の棒が渡してあったのを見て悲しくなったのを憶えています。 公園のレリーフの下に水盤があり下の水槽に落ちる仕組みになっていました。柵の太い鉄のくさりをくぐったり、またいだりして遊びました。」 <参照> 当サイト内「仙台よみとき用語年表」の項目「金属回収」 |
カラー/モノクロ | モノクロ |
分類内の通し番号 | 12 |
画像ファイル名 | sendai4040 |