項目 | 小項目 | 年 | 内容 | 出典/参考資料 | 関連映像 |
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青年団 | 青年団結成 | 戦前、戦後 |
* 1908年(M41)~1909年(M42)、宮城県青年団体規定準則に基づき、宮城郡に52団体、名取郡に20団体の青年団が結成される * 1939年(S14)、大日本青年団に改組 * 1941年(S16)、大日本青少年団に改組されるにつれ戦時色が強まる * 1945年(S20)、戦時教育令によって、本土決戦に備える「大日本学徒隊」戦士とされた <戦後> * 1946年(S21)、仙台市男女青年団連合会発足(「仙台市史 特別編4 市民生活」P452) * 1947年(S22)2月11日、宮城県連合青年団結成(各郡市青年団加盟)(「重訂 宮城県郷土史年表」P516) * 1950年(S25)、宮城県青年団解散と新青年団の再発足 / 数年間は参加人数も増え、共同学習、生活記録運動、体育・文化両面にわたる各種青年大会など多彩な運動が、経済復興や民主化の社会的な空気の中で、生き生きとした活動を生み出した(「仙台市史 特別編4 市民生活」P452) * 1952年(S27)4月13日、宮城県連合青少年団発足(「重訂 宮城県郷土史年表」P555) / 「仙台市史10 年表」P328では、連合青年団 |
「仙台市史 特別編4 市民生活」P452/「仙台市史 年表」P94/「重訂 宮城県郷土史年表」P516、P555/「仙台市史10 年表」P328 | |
青年団 | 女子青年団 |
<未婚女性の組織化> ・ 明治末期~大正期、全国的に「処女会」や「女子青年会」に組織化 * 1927年(S2)、処女会が、大日本連合女子青年団(全国的統一組織)に発展し、女子青年団に編成替え推進 ・ 女子青年団は、男性の学校長や教員が主導する形が多い ・ 宮城県女子青年団、「郷土婦人のかがみ」編纂刊行(過去に褒賞された県下の庶民女性たち中心に235人を「婦女の鑑」として讃え紹介、登場女性は大部分が、貧窮生活の中で老親や夫、兄弟を扶養し、あるいは彼らの看護・介護に粉骨砕身の苦労を続けた姿を紹介、当時は日露戦争、第一次世界大戦を経て、経済恐慌や凶作が続き、家が崩壊の危機に瀕していた時代。女子青年団は主婦予備軍である未婚女性たちに、自己犠牲と献身によって家族を支えることを婦徳として教える修養の場として大きな意味を持っていた。 * 1933年(S8)以降、市内の各尋常小学校を拠点に、単位女子青年団の結成が進む ・ 1936年(S11)には東二番丁女子青年団をはじめとして16の単位組織が結成されており、これらを統合して仙台市連合女子青年団を組織(総数2029人) ・ 活動は、建国祭への参加、愛国婦人会と共同で婦人報国祭の開催など教化的事業、ラジオ体操・遠足など集団行動訓練、神社の境内清掃や生活改善講習会などの社会的事業、編み物・漬物講習会など <戦時下の女子青年団> * 1939年(S14)、仙台市連合女子青年団が仙台市女子青年団と名称変更 ・ 活動は、従来の講習会・遠足・建学などのレクリエーション的行事を自粛 ・ 教養部(国籍調査・合同訓練・団報発行など)、奉仕部(勤労奉仕・集団勤労などの公共的活動)を新設 <女子青年義勇隊> ・ 公共的精神を涵養し婦道を発揚させるという目的のもとに女子青年義勇隊も結成 |
「仙台市史 特別編4 市民生活」P455、P457 |
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