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年 |
内容 |
出典/参考資料 |
関連映像 |
警察署 |
若林警察署 |
2019年(H31)~ |
* 2019年(H31)4月1日、仙台南警察署から分離し、若林警察署が開署
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Wikipedia「若林警察署」(2020年5月)
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警察署 |
仙台中央警察署 |
1966年(S41)~ |
<東三番丁時代>
* 1966年(S41)4月1日、勾当台地区(定禅寺通り北側に面して)あった仙台北警察署の建物を仙台中央警察署(新発足)とし、仙台北警察署は荒巻に新設移転
<一番町4丁目へ移転>
* 1970年(S45)3月25日、仙台中央警察署が、現・一番町4丁目に新庁舎を建設(旧・仙台北税務署跡、森徳横丁と東二番丁通り交差点南西角)
* 1973年(S48)6月、仙台中央警察署で、東北初の交通管制システム始動
<五橋ヘ移転>
* 2005年(H17)、青葉区五橋1丁目(JR仙台病院の跡地の一部)に新築移転
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「仙台市史 年表」P124/「重訂 宮城県郷土史年表」P625、P658/「続・ 宮城県郷土史年表」P20/Wikipedia「仙台中央警察署」(2020年7月)
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警察学校 |
東北管区警察学校 |
1956年(S31)~1975年(S50)3月 |
場所は、現在(2018年)の榴ケ岡公園内の一角で、かつては(明治時代~昭和20年まで)陸軍第二師団の歩兵第4連隊兵営だったが、戦災にあわず、戦後は進駐軍(米軍)基地(キャンプ・ファウラー)となり、米軍から返還された後に東北管区警察学校が置かれた / 高等部は旗立から、普通部は玉浦から移転
* 1956年(S31)11月30日、開校式
* 1975年(S50)3月、多賀城に移転
* 1975年(S50)5月、跡地(国有地)が、仙台市緑の拠点として払い下げが決まり、榴ヶ岡公園の一部となった
* 移転後の1975年(S50)1月13日から、戦前からの旧・歩兵第4連隊兵舎は解体されたが、一棟だけ残された兵舎が、仙台市歴史民俗資料館となった(S54年11月3日開館)
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「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P800/東北管区警察学校HP/「仙台市史 年表」P131/「続・ 宮城県郷土史年表」P41
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34-47
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警察署 |
仙台東警察署 |
1956年(S31)~ |
* 1956年(S31)9月1日、発足(原町苦竹/宮城野区南目館21)
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「仙台市史 年表」P119/「重訂 宮城県郷土史年表」P582/「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P798
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「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P798に、「仙台東警察署庁舎」
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警察(戦後) |
宮城県警察 |
1954年(S29)7月~ |
* 1954年(S29)7月1日、新警察法施行に伴い、国家地方警察宮城県本部と、仙台市警察などの自治体警察が統合し宮城県警察が発足
(2020年現在、宮城県警察本部庁舎は、宮城県庁舎に隣接)
* 1973年(S48)5月11日、県警にヘリコプター「あおば」配備
* 1975年(S50)2月7日、ヤングテレホン設置
* 1985年(S60)5月21日、県警、少年相談電話スタート
* 1986年(S61)4月11日、県警、仙台市内の交差点にセンター・ブロック埋設
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「仙台市史」P118/「続・ 宮城県郷土史年表」P19、P37、P191、P204
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警察学校 |
宮城県警察学校 |
1954年(S29) |
* 1954年(S29)、宮城県警察学校着工きまる(木造2階建て)、/ 場所は台原(荒巻杉添)の米軍射撃場跡地で、県警察学校は川内から台原(ダイノハラ)に移転
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「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P788、P795
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警察(戦後) |
自治体警察 |
1948年(S23)2月~1954年(S29)6月 |
<戦後の警察官>
* 1920年(S20)秋~1946年(S21)11月、警察官は識別を容易にするため、上部に「警察」、下部に「POLICE」と書かれた白布腕章をつけたが、1年有余後に汚損等外観上不体裁ということで廃止(「番丁詳伝」P151)
* 1946年(S21)1月、GHQ覚書により、警察官、佩刀とりさられて丸腰に(かわりに警棒) / 特別に拳銃形態の場合あり(「仙台市史」本編2」P654)
* 1946年(S21)12月24日、仙台北警察署に初の婦人警察官11名配属(「番丁詳伝」P151)
<自治体警察>
* 1947年(S22)12月17日、警察法公布(地方分権化・民主化を目的に国家地方警察・自治体警察設置)(岩波ブックレット「年表 昭和史」P26)
* 1947年(S22)12月22日、宮城県警察部の機構改正 / 従来の警察署が、「地区警察署」と「市町村警察署」の2本立てとなる / 地区警察署は、仙台地区警察署以下19ケ署 / 市町村自治体署は、仙台市北署以下41ケ署を新設(重訂 宮城県郷土史年表P523)
* 1948年(S23)2月11日、自治体警察発足(重訂 宮城県郷土史年表P525)
* 1948年(S23)3月7日、新警察制度発足、仙台市警察開庁(仙台市史10年表、岩波ブックレット「年表 昭和史」P27、「仙台あのころこのころ八十八年」P250)
* 1948年(S23)3月7日、自治体警察である仙台市警察本部を設立
* 1950年(S25)1月17日、仙台市警察本部庁舎新築落成移転
* 1954年(S29)6月8日、警察法改正公布(国家地方警察と自治体警察を、都道府県警察に一元化、中央集権化を強める)
* 1954年(S29)7月1日、仙台市警察が廃止され宮城県警察に引き継がれる
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「番丁詳伝」P151/「仙台市史」本編2」P654/岩波ブックレット「年表 昭和史」P26、P27、P33/「仙台市史 年表」P115、P118/「重訂 宮城県郷土史年表」P523、P525/「仙台市史10 年表」P318、P323/「仙台あのころこのころ八十八年」P250
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「目で見る仙台の歴史」P182(仙台市警察本部)/「市民の戦後史(仙台市)」P38(仙台市警察本部旗)/「市民の戦後史(仙台市)」P80(S29年6月、仙台地区警察署閉庁式看板)
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警察署 |
仙台北警察署 |
1944年(S19)~ |
<東三番丁時代>
* 1944年(S19)3月31日、仙台警察署を廃止 / 4月1日、仙台警察署(東三番丁)が仙台北警察署になり、仙台南警察署(若林区堰場)開庁(「仙台市史 本編2」P653、「仙台市史10 年表」P307)
<荒巻へ移転>
* 1966年(S41)4月、従来の仙台北警察署の建物は仙台中央警察署となり、仙台北警察署は荒巻に新設移転した(「仙台市史 年表」P124、「重訂 宮城県郷土史年表」P625)
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「仙台市史 年表」P124/「重訂 宮城県郷土史年表」P625/「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P807/Wikipedia「仙台中央警察署」(2020年7月)
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18-10、44-41、44-31/「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P807に、仙台中央警察署庁舎(元、北警察署)/同P803に、「中央署の新設に伴い新築した北署」(昭和41年4月)
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警察署 |
仙台南警察署 |
1944年(S19)~ |
<新設され、堰場に開庁>
* 1944年(S19)3月31日、仙台警察署を廃止 / 4月1日、仙台警察署が仙台北警察署になり、仙台南警察署(若林区堰場)開庁
<舟丁へ移転>
* 1962年(S37)9月12日、新庁舎、舟丁に落成
<長町へ移転>
* 1993年(H5)、庁舎を長町(太白区長町6丁目)に移転
* 2019年(H31)4月1日、仙台市若林区を新設の若林警察署に移管
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Wikipedia「仙台南警察署」/「重訂 宮城県郷土史年表」P606
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「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P780に、「改築後の仙台南警察署」
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警察(戦前) |
特別高等警察(特高) |
1928年(S3)~1945年(S20)10月 |
<「戦争のころ 仙台、宮城」P17~18より>
・ 特高警察は、内務省警保局を頂点に各府県の警察署特高係までを網羅した組織で、各県の特高、外事課長は内務省の人事で赴任した。 少数のエリートとその下で働く大勢の特高警官という構図。
・ 宮城県警察部は旧県庁2階の一角にあり7課(警務、警防、保安、刑事、工場、衛生、特高)85人体制
・ 特高課は刑事課と並ぶ20人の大世帯で、県内22警察署に100人以上の特高係が置かれ、職務は左翼、右翼、労働農民、内鮮宗教、検閲、外事、時局対策の7セクションにわかれていた
・ 1945年8月15日、戦争に負けると、内務省は全国の「特高警察」に捜査書類を一切焼却するよう指示(このため、宮城県公文書館に特高関係資料がない)
・ その50日後、GHQは政治的、宗教的自由を制限する治安維持法を廃止し、政治犯も釈放
・ 内務省と特高は解散を命じられ、内務大臣や警察首脳部、すべての特高警察官は休職扱いとなって後に罷免される / その数、全国では5000人、宮城県警察部では特高課長のほか一線署員も含めて90人が対象になった
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* 1928年(S3)、「特別高等警察」(特高)、全国一律に未設置県にも設置された
* 1928年(S3)7月、宮城県警察部に特別高等警察課設置
<言論検閲も担当>
「宮城県特高課には、検閲係4人が専従、河北新報社本館1階には特高課用の部屋があって警官がしょっちゅう出入りしていたとの話もあります。」(「戦争のころ 仙台、宮城」P111)
* 1945年(S20)8月末日、宮城県特高課廃止(「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P747)
* 1945年(S20)10月5日、宮城県特別高等警察課を廃止(「重訂 宮城県郷土史年表」P506)
* 1945年(S20)10月11日、宮城県特高警察官91名の休職の臨時措置
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「宮城県史7 警察」P243/「重訂 宮城県郷土史年表」P506/「仙台市史10 年表」P310/「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P747/「戦争のころ 仙台、宮城」(石澤友隆著)P17~18、P111
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99-125(左下に宮城県特高課検閲済の字あり)
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警察署(戦前) |
仙台警察署 |
1876年(M9)~1944年(S19) |
<南町時代>
* 1876年(M9)12月、宮城県が「第一警察出張所」を南町に設置 / 翌1877年(M10)3月23日に「仙台警察署」と改称(「仙台市史 年表」P81、「仙台市史 本編2」P650)
<県庁内に移転>
* 1879年(M12)1月、仙台警察署を勾当台の県庁内に移転、南町は南町分署になる(「仙台市史 本編2」P650)
* 1981年(M14)、南町分署を廃し再び仙台警察署とする(「仙台市史 本編2」P650)
<国分町へ移転>
* 1882年(M15)5月20日、新庁舎が国分町48に完成し移転(「仙台市史 年表」P84、「目で見る仙台の歴史」P116、「仙台市史 本編2」P651) / 赤煉瓦造2階建、上に時計塔、玄関に懸魚をつけ和風を加味(昭和2年に取壊し)
<宮城県警察本署>
* 1886年(M19)、宮城県の管轄として警察本署がおかれる
* 1887年(M20)、警察本署が勾当台通りの県庁構内へ新築移転
<交番所>
* 1926年(T15)、芭蕉の辻が有志の寄付で開設され巡査派出所と呼ばれる
<仙台警察署が東三番丁へ移転>
* 1928年(S3)、東三番丁(定禅寺通り)に庁舎新築し、9月23日、国分町の旧庁舎から移転(「仙台市史 本編2」P652、「仙台市史10 年表」P272では10月18日、「重訂 宮城県郷土史年表」P413、「目で見る仙台の歴史」P163) / 鉄筋コンクリート3階建て
<北警察署となる>
* 1944年(S19)3月31日、仙台警察署を廃止 / 4月1日、仙台北警察署、仙台南警察署開庁(「仙台市史 本編2」P653、「仙台市史10 年表」P307) / 仙台警察署庁舎を仙台北警察署が使用、南署は堰場に新設
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「仙台市史 本編2」P650~653/「仙台市史 年表」P81、P84/「重訂 宮城県郷土史年表」P413/「仙台市史10 年表」P272、P307/「目で見る仙台の歴史」(S34年刊)P116、P163
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「目で見る仙台の歴史」P116(M15、国分町に完成した仙台警察署)/同P163(S3年竣工の庁舎)
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警察(戦前) |
特別高等警察報告 |
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<宮城県知事事務引継書の「特高警察」の報告(昭和20年)から>
(1) 本土決戦を迎え報道義勇隊結成を計画中
東北軍管区司令部と特高警察が連絡をとり、河北新報社を主体に東京各紙、東北6県の記者を包括した報道義勇隊
(2) 敗戦的和平策動の容疑人物を重点観察中
ドイツの戦線離脱、沖縄戦の急迫、主要都市に対する空襲の激化により、国民の一部に不安、焦燥感を持つ者あり
(3) 拘束中の敵性外国人
・ カトリック元寺小路教会に35人(横須賀海軍警備隊から引き継いだインドネシア人35人~うち1人死亡~、広島県から送られてきた外国人1人)
・ 仙台市畳屋町の教会に26人(敵性修道女26人)
・ このほか、仙台に居住中の外国人は、中国満州人160人、ドイツ人など16人
(4) 朝鮮人の動向
東京、大阪など大都市の空襲で被災や縁故疎開で宮城県内に移住した朝鮮人は546人(うち335人は戦災) / 中には要観察中の者、不良朝鮮人もあり視察、取締りを強化
(5) 移入朝鮮人労務者
国民動員計画に基づく朝鮮人労務者は県内に1442人 / うち、239人は1年間の契約期間満了だが、法令で1年間契約延長となり動揺、逃亡者も予想される / 各種事故増加傾向改善のため、移入朝鮮人が多い塩釜、若柳両警察署に「移入労務者事故防止協議会」設置、事前指導の強化徹底を図っている
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「戦争のころ 仙台、宮城」(石澤友隆著)P202
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警察(戦後) |
警察官 |
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<全国>
* 1946年(S21)1月16日、警官がピストル携行となる
* 1946年(S21)3月16日、婦人警官(65人が入所式)、4月27日から街頭へ
* 1946年(S21)7月20日、警官のサーベルを廃止
* 1950年(S25)1月10日、警官の拳銃常時携行となる
<宮城県>(「仙台市史 特別編4 市民生活」P367)
* 1946年(S21)10月、宮城県でも婦人警察官21人採用
(応募は、17~39歳まで、大陸から引揚げてきた未亡人も含め96人が応募) / 12月24日に仙台北警察署に11名、南警察署に6名配属 / 青少年補導が主な活動の場
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菅家文英「生活の変わりようをみる昭和の年表」P36、P44/「仙台市史 特別編4 市民生活」P367
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