仙台よみとき用語年表
検索結果
全1ページ中、1ページ目 (総数:13件)
<< 前 | | 次 >>
項目 小項目 内容 出典/参考資料 関連映像
警察署 若林警察署  2019年(H31)~ 
* 2019年(H31)4月1日、仙台南警察署から分離し、若林警察署が開署 
Wikipedia「若林警察署」(2020年5月)   
警察署 仙台中央警察署  1966年(S41)~  <東三番丁時代>
* 1966年(S41)4月1日、勾当台地区(定禅寺通り北側に面して)あった仙台北警察署の建物を仙台中央警察署(新発足)とし、仙台北警察署は荒巻に新設移転

<一番町4丁目へ移転>
* 1970年(S45)3月25日、仙台中央警察署が、現・一番町4丁目に新庁舎を建設(旧・仙台北税務署跡、森徳横丁と東二番丁通り交差点南西角)
* 1973年(S48)6月、仙台中央警察署で、東北初の交通管制システム始動

<五橋ヘ移転>
* 2005年(H17)、青葉区五橋1丁目(JR仙台病院の跡地の一部)に新築移転 
「仙台市史 年表」P124/「重訂 宮城県郷土史年表」P625、P658/「続・ 宮城県郷土史年表」P20/Wikipedia「仙台中央警察署」(2020年7月)   
警察学校 東北管区警察学校  1956年(S31)~1975年(S50)3月  場所は、現在(2018年)の榴ケ岡公園内の一角で、かつては(明治時代~昭和20年まで)陸軍第二師団の歩兵第4連隊兵営だったが、戦災にあわず、戦後は進駐軍(米軍)基地(キャンプ・ファウラー)となり、米軍から返還された後に東北管区警察学校が置かれた / 高等部は旗立から、普通部は玉浦から移転
* 1956年(S31)11月30日、開校式
* 1975年(S50)3月、多賀城に移転
* 1975年(S50)5月、跡地(国有地)が、仙台市緑の拠点として払い下げが決まり、榴ヶ岡公園の一部となった

* 移転後の1975年(S50)1月13日から、戦前からの旧・歩兵第4連隊兵舎は解体されたが、一棟だけ残された兵舎が、仙台市歴史民俗資料館となった(S54年11月3日開館) 
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P800/東北管区警察学校HP/「仙台市史 年表」P131/「続・ 宮城県郷土史年表」P41
 
34-47 
警察署 仙台東警察署  1956年(S31)~  * 1956年(S31)9月1日、発足(原町苦竹/宮城野区南目館21)  「仙台市史 年表」P119/「重訂 宮城県郷土史年表」P582/「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P798  「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P798に、「仙台東警察署庁舎」 
警察(戦後) 宮城県警察  1954年(S29)7月~  * 1954年(S29)7月1日、新警察法施行に伴い、国家地方警察宮城県本部と、仙台市警察などの自治体警察が統合し宮城県警察が発足
(2020年現在、宮城県警察本部庁舎は、宮城県庁舎に隣接)

* 1973年(S48)5月11日、県警にヘリコプター「あおば」配備
* 1975年(S50)2月7日、ヤングテレホン設置
* 1985年(S60)5月21日、県警、少年相談電話スタート
* 1986年(S61)4月11日、県警、仙台市内の交差点にセンター・ブロック埋設 
「仙台市史」P118/「続・ 宮城県郷土史年表」P19、P37、P191、P204   
警察学校 宮城県警察学校  1954年(S29)  * 1954年(S29)、宮城県警察学校着工きまる(木造2階建て)、/ 場所は台原(荒巻杉添)の米軍射撃場跡地で、県警察学校は川内から台原(ダイノハラ)に移転   「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P788、P795   
警察(戦後) 自治体警察  1948年(S23)2月~1954年(S29)6月  <戦後の警察官>
* 1920年(S20)秋~1946年(S21)11月、警察官は識別を容易にするため、上部に「警察」、下部に「POLICE」と書かれた白布腕章をつけたが、1年有余後に汚損等外観上不体裁ということで廃止(「番丁詳伝」P151)
* 1946年(S21)1月、GHQ覚書により、警察官、佩刀とりさられて丸腰に(かわりに警棒) / 特別に拳銃形態の場合あり(「仙台市史」本編2」P654)
* 1946年(S21)12月24日、仙台北警察署に初の婦人警察官11名配属(「番丁詳伝」P151)

<自治体警察>
* 1947年(S22)12月17日、警察法公布(地方分権化・民主化を目的に国家地方警察・自治体警察設置)(岩波ブックレット「年表 昭和史」P26)
* 1947年(S22)12月22日、宮城県警察部の機構改正 / 従来の警察署が、「地区警察署」と「市町村警察署」の2本立てとなる / 地区警察署は、仙台地区警察署以下19ケ署 / 市町村自治体署は、仙台市北署以下41ケ署を新設(重訂 宮城県郷土史年表P523)
* 1948年(S23)2月11日、自治体警察発足(重訂 宮城県郷土史年表P525)
* 1948年(S23)3月7日、新警察制度発足、仙台市警察開庁(仙台市史10年表、岩波ブックレット「年表 昭和史」P27、「仙台あのころこのころ八十八年」P250)
* 1948年(S23)3月7日、自治体警察である仙台市警察本部を設立
* 1950年(S25)1月17日、仙台市警察本部庁舎新築落成移転
* 1954年(S29)6月8日、警察法改正公布(国家地方警察と自治体警察を、都道府県警察に一元化、中央集権化を強める)
* 1954年(S29)7月1日、仙台市警察が廃止され宮城県警察に引き継がれる 
「番丁詳伝」P151/「仙台市史」本編2」P654/岩波ブックレット「年表 昭和史」P26、P27、P33/「仙台市史 年表」P115、P118/「重訂 宮城県郷土史年表」P523、P525/「仙台市史10 年表」P318、P323/「仙台あのころこのころ八十八年」P250  「目で見る仙台の歴史」P182(仙台市警察本部)/「市民の戦後史(仙台市)」P38(仙台市警察本部旗)/「市民の戦後史(仙台市)」P80(S29年6月、仙台地区警察署閉庁式看板) 
警察署 仙台北警察署  1944年(S19)~  <東三番丁時代>
* 1944年(S19)3月31日、仙台警察署を廃止 / 4月1日、仙台警察署(東三番丁)が仙台北警察署になり、仙台南警察署(若林区堰場)開庁(「仙台市史 本編2」P653、「仙台市史10 年表」P307)

<荒巻へ移転>
* 1966年(S41)4月、従来の仙台北警察署の建物は仙台中央警察署となり、仙台北警察署は荒巻に新設移転した(「仙台市史 年表」P124、「重訂 宮城県郷土史年表」P625)
 
「仙台市史 年表」P124/「重訂 宮城県郷土史年表」P625/「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P807/Wikipedia「仙台中央警察署」(2020年7月)  18-1044-4144-31/「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P807に、仙台中央警察署庁舎(元、北警察署)/同P803に、「中央署の新設に伴い新築した北署」(昭和41年4月) 
警察署 仙台南警察署  1944年(S19)~  <新設され、堰場に開庁>
* 1944年(S19)3月31日、仙台警察署を廃止 / 4月1日、仙台警察署が仙台北警察署になり、仙台南警察署(若林区堰場)開庁

<舟丁へ移転>
* 1962年(S37)9月12日、新庁舎、舟丁に落成

<長町へ移転>
* 1993年(H5)、庁舎を長町(太白区長町6丁目)に移転
* 2019年(H31)4月1日、仙台市若林区を新設の若林警察署に移管 
Wikipedia「仙台南警察署」/「重訂 宮城県郷土史年表」P606  「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P780に、「改築後の仙台南警察署」 
警察(戦前) 特別高等警察(特高)  1928年(S3)~1945年(S20)10月  <「戦争のころ 仙台、宮城」P17~18より>
・ 特高警察は、内務省警保局を頂点に各府県の警察署特高係までを網羅した組織で、各県の特高、外事課長は内務省の人事で赴任した。 少数のエリートとその下で働く大勢の特高警官という構図。
・ 宮城県警察部は旧県庁2階の一角にあり7課(警務、警防、保安、刑事、工場、衛生、特高)85人体制
・ 特高課は刑事課と並ぶ20人の大世帯で、県内22警察署に100人以上の特高係が置かれ、職務は左翼、右翼、労働農民、内鮮宗教、検閲、外事、時局対策の7セクションにわかれていた

・ 1945年8月15日、戦争に負けると、内務省は全国の「特高警察」に捜査書類を一切焼却するよう指示(このため、宮城県公文書館に特高関係資料がない)
・ その50日後、GHQは政治的、宗教的自由を制限する治安維持法を廃止し、政治犯も釈放
・ 内務省と特高は解散を命じられ、内務大臣や警察首脳部、すべての特高警察官は休職扱いとなって後に罷免される / その数、全国では5000人、宮城県警察部では特高課長のほか一線署員も含めて90人が対象になった

   *******************************************

* 1928年(S3)、「特別高等警察」(特高)、全国一律に未設置県にも設置された
* 1928年(S3)7月、宮城県警察部に特別高等警察課設置

<言論検閲も担当>
「宮城県特高課には、検閲係4人が専従、河北新報社本館1階には特高課用の部屋があって警官がしょっちゅう出入りしていたとの話もあります。」(「戦争のころ 仙台、宮城」P111)

* 1945年(S20)8月末日、宮城県特高課廃止(「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P747)
* 1945年(S20)10月5日、宮城県特別高等警察課を廃止(「重訂 宮城県郷土史年表」P506)
* 1945年(S20)10月11日、宮城県特高警察官91名の休職の臨時措置 
「宮城県史7 警察」P243/「重訂 宮城県郷土史年表」P506/「仙台市史10 年表」P310/「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P747/「戦争のころ 仙台、宮城」(石澤友隆著)P17~18、P111  99-125(左下に宮城県特高課検閲済の字あり) 
警察署(戦前) 仙台警察署  1876年(M9)~1944年(S19)  <南町時代>
* 1876年(M9)12月、宮城県が「第一警察出張所」を南町に設置 / 翌1877年(M10)3月23日に「仙台警察署」と改称(「仙台市史 年表」P81、「仙台市史 本編2」P650)
<県庁内に移転>
* 1879年(M12)1月、仙台警察署を勾当台の県庁内に移転、南町は南町分署になる(「仙台市史 本編2」P650)
* 1981年(M14)、南町分署を廃し再び仙台警察署とする(「仙台市史 本編2」P650)

<国分町へ移転>
* 1882年(M15)5月20日、新庁舎が国分町48に完成し移転(「仙台市史 年表」P84、「目で見る仙台の歴史」P116、「仙台市史 本編2」P651) / 赤煉瓦造2階建、上に時計塔、玄関に懸魚をつけ和風を加味(昭和2年に取壊し)

<宮城県警察本署>
* 1886年(M19)、宮城県の管轄として警察本署がおかれる
* 1887年(M20)、警察本署が勾当台通りの県庁構内へ新築移転
<交番所>
* 1926年(T15)、芭蕉の辻が有志の寄付で開設され巡査派出所と呼ばれる
 
<仙台警察署が東三番丁へ移転>
* 1928年(S3)、東三番丁(定禅寺通り)に庁舎新築し、9月23日、国分町の旧庁舎から移転(「仙台市史 本編2」P652、「仙台市史10 年表」P272では10月18日、「重訂 宮城県郷土史年表」P413、「目で見る仙台の歴史」P163) / 鉄筋コンクリート3階建て

<北警察署となる>
* 1944年(S19)3月31日、仙台警察署を廃止 / 4月1日、仙台北警察署、仙台南警察署開庁(「仙台市史 本編2」P653、「仙台市史10 年表」P307) / 仙台警察署庁舎を仙台北警察署が使用、南署は堰場に新設 
「仙台市史 本編2」P650~653/「仙台市史 年表」P81、P84/「重訂 宮城県郷土史年表」P413/「仙台市史10 年表」P272、P307/「目で見る仙台の歴史」(S34年刊)P116、P163  「目で見る仙台の歴史」P116(M15、国分町に完成した仙台警察署)/同P163(S3年竣工の庁舎) 
警察(戦前) 特別高等警察報告    <宮城県知事事務引継書の「特高警察」の報告(昭和20年)から>
(1) 本土決戦を迎え報道義勇隊結成を計画中
東北軍管区司令部と特高警察が連絡をとり、河北新報社を主体に東京各紙、東北6県の記者を包括した報道義勇隊
(2) 敗戦的和平策動の容疑人物を重点観察中
ドイツの戦線離脱、沖縄戦の急迫、主要都市に対する空襲の激化により、国民の一部に不安、焦燥感を持つ者あり
(3) 拘束中の敵性外国人
・ カトリック元寺小路教会に35人(横須賀海軍警備隊から引き継いだインドネシア人35人~うち1人死亡~、広島県から送られてきた外国人1人)
・ 仙台市畳屋町の教会に26人(敵性修道女26人)
・ このほか、仙台に居住中の外国人は、中国満州人160人、ドイツ人など16人
(4) 朝鮮人の動向
東京、大阪など大都市の空襲で被災や縁故疎開で宮城県内に移住した朝鮮人は546人(うち335人は戦災) / 中には要観察中の者、不良朝鮮人もあり視察、取締りを強化
(5) 移入朝鮮人労務者
国民動員計画に基づく朝鮮人労務者は県内に1442人 / うち、239人は1年間の契約期間満了だが、法令で1年間契約延長となり動揺、逃亡者も予想される / 各種事故増加傾向改善のため、移入朝鮮人が多い塩釜、若柳両警察署に「移入労務者事故防止協議会」設置、事前指導の強化徹底を図っている 
「戦争のころ 仙台、宮城」(石澤友隆著)P202   
警察(戦後) 警察官    <全国>
* 1946年(S21)1月16日、警官がピストル携行となる
* 1946年(S21)3月16日、婦人警官(65人が入所式)、4月27日から街頭へ
* 1946年(S21)7月20日、警官のサーベルを廃止
* 1950年(S25)1月10日、警官の拳銃常時携行となる

<宮城県>(「仙台市史 特別編4 市民生活」P367)
* 1946年(S21)10月、宮城県でも婦人警察官21人採用
(応募は、17~39歳まで、大陸から引揚げてきた未亡人も含め96人が応募) / 12月24日に仙台北警察署に11名、南警察署に6名配属 / 青少年補導が主な活動の場 
菅家文英「生活の変わりようをみる昭和の年表」P36、P44/「仙台市史 特別編4 市民生活」P367   

全1ページ中、1ページ目 (総数:13件)

<< 前 | | 次 >>

索引

アーケード
アート・スミスの宙返り飛行
RTO(仙台)
愛国婦人会
愛の聖母院
アインシュタイン
青葉城
青葉城恋歌
青葉城資料展示館
青葉神社
青葉通り
青葉まつり
青葉山
青葉山公園
青葉山植物園
青葉山遊歩道
秋保電鉄
愛宕大橋(広瀬川)
愛宕堰
愛宕橋(広瀬川)
アメリカシロヒトリ防除
ありのまま舎
安保反対闘争
イールズ事件
遺児の日
泉ヶ岳勤労者野外活動センター
泉岳少年自然の家
イズミティ21
市場
一番町(旧・東一番丁)全域
一番町(旧・東一番丁)北部
一番町(旧・東一番丁)中央部
一番町(旧・東一番丁)南部
一銭橋(広瀬川)
いのちの電話
移民
医療機関
岩切城跡
牛越橋(広瀬川)
馬市
梅川漆器舗
梅田川清掃運動
埋木細工
ATM
映画館
衛戍病院(陸軍病院)
エキスポートバザー
X橋(宮城野橋)
NHK仙台放送局
NHK全国児童唱歌コンクール
NHK東北児童唱歌コンクール
NHK全国唱歌ラジオコンクール
NTT東北支社
MRI
LNG基地
エル・パーク仙台
横断歩道橋
大型店・量販店
大倉ダム
大崎八幡宮
大手門
大橋(広瀬川)
億ション
霊屋橋(広瀬川)
音楽コンクール
海岸公園
偕行社
買出し
街灯
学制改革
学童疎開
学徒勤労動員
学徒出陣
火災(地域)
ガス
霞目飛行場(仙台飛行場)
火葬場
ガソリン切符制
片倉製糸
ガダルカナル戦
学校教練
渇水
勝山公園
河北新報社
河北遊園地
釜房湖(ダム)
紙芝居
亀岡八幡神社
臥竜梅
カルトン食堂
簡易保険保養センター
環境基本条例
がん検診センター
勧工場・商館
幹線道路
紀元2600年
気象台
北山五山
切手代(ハガキ)
木町通小学校
義務教育期間
キリンビアホール
禁煙
銀行(地域の銀行)
銀行(都市銀行)
錦章堂ビル
金属回収
金の星(カフェ)
金富士(料理店)
勤労青少年ホーム
空襲
国見浄水場
軍事教練
軍需工場
軍都・仙台
軍刀(陸軍)
軍馬の銅像
軍服(陸軍)
軍用機献納
蛍光灯
警察
警察署
競馬
敬老乗車証
下水処理
血液センター
県営宮城野原公園総合運動場
県営宮城野球場(宮城球場)
県営宮城野原硬式庭球場
県営宮城野原蹴球場
県営宮城野原陸上競技場
県営宮城自転車競技場
元気フィールド仙台
健康都市宣言
県立学校、名称変更
県令 → 知事
興亜奉公日/大詔奉戴日
公会と隣組
公害・環境問題
公害市民憲章
公害防止条例
光化学スモッグ
公職追放/追放解除
公設浴場
交通監視用テレビ
高等学校(新制)
勾当台公園
工兵第二大隊 /工兵第二連隊
公民館
江陽会館
国際反戦デー
国定公園
国鉄
国道45号線
国道48号線
国民学校
国民義勇隊
国民金融公庫
国民勤労動員令
国民健康保険
国民精神総動員運動
国民登録/勤労報国隊
国民徴用令
国立仙台病院
国民服
国民帽
こけし塔
五色沼
国旗掲揚
子ども会など
午砲
米騒動
在外同胞救出仙台学生同盟
在郷軍人会
在住朝鮮人大会
斎藤報恩会
蔵王エコーライン
桜ケ岡公園(西公園)
桜ケ岡大神宮
サマータイム
産業組合中央会
三居沢交通公園
三陸自動車道
JR東日本
自衛隊
市街化区域
市街地住宅
自警団
時差出勤
思想弾圧/共産党員検挙
四大節
七十七銀行
市町村合併
輜重兵第二大隊 /輜重兵第二連隊
実業補習学校
自動車
自動車専用道
シネマスコープ
師範学校
紙幣・硬貨(戦後)
姉妹都市
市民の家
市民のつどい
市民福祉会館
市民土曜音楽会
市民利用施設
社会教育(戦後)
釈迦堂
車両ナンバー
週休二日制
住居番号表示制
住宅団地
柔道・剣道
祝賀行事
主食配給量
殉国勇士の家
障害者福祉
鐘景閣
松根油
定禅寺通り
昭忠碑
商店など
常磐線
消費者団体
消防組/防護団/警防団/消防団
昭和三陸大地震津波
食糧メーデー
女子挺身勤労令
女子挺身隊
シルバー人材センター
新憲法
新国丁
震災遺構
新産業都市
新住居表示制度
親切運動
新仙台港
身体障害者福祉モデル都市
仁丹マーク
進駐軍(米軍)
新寺小路地区都市改造事業(区画整理)
新伝馬町商店街
新常盤町(遊郭)
新聞社
人力車
水害
水道事業
瑞鳳殿
スパイクタイヤ
スポーツ少年団
スポーツセンター
スポーツ大会
隅櫓
青少年団
清掃事業(行政)
清掃工場
政党県支部など(戦後)
青年訓練所
青年学校
青年団
税務署
精養軒
政令指定都市
セコイヤの化石
戦後開拓
戦後教育・仙台
戦後の物資・価格統制撤廃
戦後復員/引揚げ
戦災記録
戦災者・引揚者用住宅
戦災復興
仙山線
戦時衣料
戦時下の学園
戦時中の勤労動員/就労規制
戦時中の疎開者受入れ
戦時中の物資統制、使用規制
仙集館
戦勝祝賀行事
仙石線
仙台朝市
仙台アメリカ文化センター
仙台育児院
仙台駅
仙台オープン病院
仙台卸商センター
仙台偕行社
仙台歌舞伎座
仙台簡易保険局
仙台軌道(仙台鉄道)
仙台郷土研究
仙台空港
仙台空港アクセス鉄道
仙台空襲
仙台空襲後の空襲
仙台高等工業学校
仙台合同庁舎
仙台国際センター
仙台国税局
仙台座
仙台市(名称変遷)
仙台CIE図書館
仙台市営地下鉄
仙台市営バス
仙台市街自動車
仙台市科学館
仙台市公会堂
仙台市公報
仙台市視聴覚教材センター
仙台市市民文化事業団
仙台市制
仙台市戦災復興記念館
仙台市電
仙台市天文台
仙台自動車学校
仙台市農業協同組合
仙台市の工業
仙台市の消防
仙台市の動物園
仙台市の特徴ある条例・宣言・憲章・事業
仙台市の農村・農業
仙台市の花・木・鳥・虫
仙台市博物館
仙台市武道館
仙台市兵事義会
仙台市ボランティアセンター
仙台市ミートプラント
仙台市民会館
仙台市民ギャラリー
仙台市民教養センター
仙台市民図書館
仙台市民の消費生活を守る条例
仙台市民文化センター
仙台市紋章
仙台市役所庁舎
仙台ショーハウス
仙台商業会議所/仙台商工会議所
仙台城二の丸焼失
仙台庶民金庫
仙台市立病院
仙台市歴史民俗資料館
仙台信用金庫
仙台スタジアム
仙台赤十字病院
仙台専売支局
仙台専門店会
仙台七夕
仙台鎮台
仙台鉄道管理局
仙台電報局
仙台東部道路
仙台東宝劇場
仙台トラック輸送センター
仙台南部道路
仙台西道路
仙台の裁判所
仙台バイパス
SENDAI光のページェント
仙台美術館
仙台平
仙台フィルハーモニー管弦楽団
仙台復興祭グランドフェア
仙台物産陳列所
仙台北部道路
仙台ホテル
仙台陸奥館
仙台郵便貯金会館
仙台臨海鉄道
戦没者遺骨調査・収集
戦没者慰霊
創価学会会館
総進軍大会
体育館
体外受精
大学・短大
大学紛争
大政翼賛会/新体制/公会/報国会
第二高等学校(旧制)
第二師団
第二師団凱旋記念満蒙軍事博覧会
第十三師団
第三十三師団
第四十二師団
大日本国防婦人会
大日本婦人会
大日本連合婦人会
台原森林公園
台風被害(戦後)
多賀城跡
高橋是清
タクシー
宅地造成ブーム
竹槍訓練
立町小学校
谷風の墓所
多門師団凱旋
多門通り
男女共学
地価狂乱
乳銀杏
ちびっこ広場
駐留軍(米軍)
彫刻のあるまちづくり事業
鳥獣特別保護区
朝鮮館
朝鮮人移入労働者
朝鮮戦争
樗牛瞑想の松
チリ地震津波
榴ケ岡公園
堤人形
ツルヤ洋菓子店とカフェ・クレーン
デイケアー
貞山運河(貞山堀)
逓信関連
停電
出稼ぎ者相談所
テレトピア構想
テレビアンラジオ
テレフォンカード
電気開始(仙台)
電球
電信開始(仙台)
天神社
伝染病流行
伝統町名保存
天皇、仙台行幸
電力ホール
電話
電話開始(仙台)
土井晩翠
東一マーケットと中央マーケット
洞雲寺
灯火管制
東京オリンピック(昭和)
東照宮(仙台)
東部復興道路
同胞援護会
東邦生命ビル
東北学院
東北産業博覧会
東北自動車道
東北新幹線
東北振興/農村更生
東北大学
東北大学病院
東北鎮台 →仙台鎮台 →第二師団
東北帝国大学
東北電力
東北本線
東北楽天ゴールデンイーグルス
東北歴史資料館
東北六魂祭
東北絆まつり
遠見塚古墳
特別調達庁
都市型CATV
特急はつかり
特急ひばり
トラックターミナル
名掛丁商店街
仲の瀬橋(広瀬川)
長町駅
奈良原式鳳号
西内楽器店
西公園(桜ケ岡公園)
西本願寺別院(東一番丁)
二十人町
日米野球
ニッカウイスキー工場
日本銀行
日本生命館
日本鉄道
日本農民組合
ネオンサイン
年賀郵便
年中行事(まつり)
乗合馬車
敗戦後の諸相・仙台
廃藩置県(仙台県誕生)
バカンス(流行語)
爆弾三勇士の歌
博覧会・フェア
芭蕉の辻
芭蕉の辻商館
芭蕉の辻の城櫓風建物
芭蕉の辻の洋館
バス
バスプール
バス優先レーン
支倉常長(記念碑/銅像)
発電事業
パテー館
花火大会
針久旅館支店(仙台駅前)
ハリストス正教会堂
藩祖政宗公三百年祭
藩祖政宗公の記念祭
東一番丁(商店街)
東一番丁大火
東一番丁百年祭大仮装行列
東二番丁尋常小学校
東二番丁通り(拡幅)
東日本大震災
光ヶ丘天使園
飛行船「雄飛号」
飛行大会
ひとにやさしいまちづくり条例
ヒトラーユーゲント一行が来県
日乃出映画劇場
ひらつか(東一番丁)
ビル建設
広瀬川の清流を守る条例
広瀬通り
広瀬橋(広瀬川)
プール
フェリー
俯瞰撮影禁止など
福祉ボランティアのまちづくり事業
富国生命館(国分町)
藤崎
フジビール
婦人参政権獲得運動
婦人の社会活動(戦後・仙台)
婦人標準服
普通選挙要求運動
物価上昇
二日町大火
復興盆踊り
仏舎利塔
ブラザー軒
文化キネマ/文化劇場/仙台松竹映画劇場
文学碑など(仙台)
文化勲章
文化財指定
文化横丁
兵役制度
米軍進駐
兵事義会/銃後奉公会
ベガルタ仙台
ペデストリアンデッキ
ヘレンケラー女史
奉安殿
防空演習
ポケットベル
歩行者天国(東一番丁)
ホテル
歩兵第4連隊
歩兵第104連隊
本土決戦体制
政宗卿騎馬像
政宗卿平服像
松島座/パテー館/仙台日活館/仙台日活劇場
松島パークホテル
松永正敏中将
松原街道
マナスル登頂成功
丸光
満年齢
満蒙開拓
右側通行
水の森スケート場
三越(仙台店)
緑と花いっぱい運動
緑の団地条例
南町大火
南町通り(多門通り)
三原時計店
宮城学院
宮城教育大学
宮城県沖地震
宮城県会議事堂(明治時代)
宮城県旗の図案
宮城県弘報誌「みやぎ」
宮城県県民の森
宮城県護国神社
宮城県社会福祉事業会館
宮城県スポーツセンター
宮城県青年会館
宮城県青年の船
宮城県第二総合運動場
宮城県庁舎
宮城県町村会館
宮城県図書館
宮城県美術館
宮城県物産陳列場(芭蕉の辻)
宮城県物産陳列場/商品陳列所 /商工奨励館
宮城県武道館
宮城県民会館
宮城県理科教育センター
宮城県立青年の家
宮城控訴院(赤タイル庁舎)
宮城交通
宮城集治監
宮城電鉄
宮城野駅/仙台貨物ターミナル駅
宮城の塔(沖縄)
宮城野通り
宮城婦人会
宮沢の一銭橋
宮沢橋(広瀬川)
民生委員/児童委員
民間放送(仙台)
無線中継所
陸奥国分寺跡
陸奥国分尼寺跡
メーデー
メートル法
明治三陸地震津波
明治製菓
明治生命館
明治百年
名水百選
瞑想の松
名誉市民
盲人専用信号機
木材応召
木炭バス
文字・漢字の表記
森天祐堂
森徳座
杜の都の環境をつくる条例
杜の都の風土を育む景観条例
杜の都緑化基金
八木山開発
八木山球場
八木山橋
八木山ベニーランド
八木山遊園地
野球場
野草園
山火事
山形自動車道
闇市
やりなおし市長選挙
挹翠館 
郵便局
郵便馬車
郵便番号制度
ユニオンビール
ユネスコ協会
閖上大橋
養賢堂
用語(皇居と宮城)
用語(大東亜共栄圏)
用語(東亜新秩序と大東亜新秩序}
洋食屋
養種園
幼稚園
翼賛壮年団
澱橋(広瀬川)
ライオンズクラブ
ラジオ体操会
陸海軍の工場
陸軍の学校
リサイクル
龍宝寺の木造釈迦如来立像
輪タク
霊園/墓園
冷害・凶作
レジャーセンター
レッドパージ
練兵場
ロータリー・クラブ
老人福祉
労働運動
ロシア兵捕虜
魯迅
ロッテ球団
ワープロ