仙台よみとき用語年表
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戦災復興 制度、計画のなど  1946年(S21)~1961年(S36)  * 1945年(S20)12月30日、政府の戦災復興都市計画基本方針決定
* 1946年(S21)4月15日、仙台市復興委員会開催(学識経験者と市会議員から委員64人)
* 1946年(S21)4月20日、戦災復興院特別建設出張所設置
* 1946年(S21)5月、仙台市は戦災区域の指定をうける
* 1946年(S21)5月5日、仙台市役所復興局(2部7課)設置
* 1946年(S21)5月9日、仙台都市復興都市計画土地区画決定
   ・ 424haの土地区画整理、23路線(2万4000m)の都市計画道路、13か所(51.7ha)の公園緑地、墓地計画、学校移転、無電柱街路計画など
   ・ S26年とS29年に事業区域が縮小されて、最終的な施工地区は市の中心部290ha(東西1.5キロ、南北2.7キロ)に変更された
* 1946年(S21)8月15日、戦災都市における建築物の制限に関する勅令を仙台市に適用
* 1946年(S21)10月9日、特別都市計画法、仙台市に適用
* 1946年(S21)10月10日、仙台市役所に仙台復興局を置き復興計画方針決定(五か年計画の樹立)
* 1946年(S21)10月、戦災跡地ガス供給管被害箇所復旧
* 1947年(S22)2月17日、仙台特別都市計画事業復興土地区画整理及び執行年度割決定
* 1947年(S22)6月4日、戦災復興院宮城建築出張所設置
* 1947年(S22)6月11日、仙台都市計画公園変更決定
* 1947年(S22)12月12日、仙台復興都市計画土地区画整理委員選挙
* 1947年(S22)12月31日、仙台市に適用の都会地転入抑制緊急措置令解除
* 1961年(S36)3月27日、仙台市戦災復興都市計画事業完了、完工式(総額11億5千万円)、3月27日に完了記念の「こけし塔」を西公園に建設除幕式 
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P90、P315~316/「仙台市史10 年表」P312~314、P316~P317/「重訂 宮城県郷土史年表」P513、P519、P600/「仙台市史 年表」P121   
戦災復興(応急対策) 空襲跡の状況  1945年(S0) 
「仙台空襲(S20年7月10日)では、市内の中枢部500haが焼き払われ、わずかに土蔵、鉄筋コンクリート建物などが焦土の中に残されただけで、当時の全市民の26%が被災し2590人の死傷者を出すという惨状に市民はただ茫然自失、立ち上がる気力を失った。やがて終戦(8月15日)を迎えて幾月たっても民有地の焼け跡の整理が進まず、瓦や石ころが散乱するにまかせ手の施しようがなかった。
理由の主なものは、復興計画が確定していない、建築の制限、建築資材の入手難、大工不足,焦土の処理難、費用の増高などのほか、地主が土地を貸したがらず,電灯の復旧もはかばかしくなかったことなど、当時としてはやむを得ない事情が重なっていた。」 
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P311   
戦災復興(応急対策) 戦災地の跡片づけ    * 1945年(S20)12月30日、政府の戦災復興計画基本方針決まる
* 1946年(S21)2月、清掃事業が戦災復興事業として認められ、最も緊急を要する個所から重点的に清掃を開始
・ 焼け跡では、瓦や石の大部分は街路の路盤の上に、あるいは整地工事に使用など付近地で処理
・ 清掃事業は、市役所、県庁周辺から開始、S20~23年度で、市中心部、のべ94万5537㎡に達した

<金属類回収>
・ S21年11月~、焼け跡の鉄くず類回収 / 再生可能なものを除き、鉄くず499トン、鉛くず6万5556トンを金属回収統制株式会社に売却 
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P312~313  戦災地の跡片づけする市民たちは、「市民の戦後史(仙台市)」P18、「新・目で見る仙台の歴史」P166 
戦災復興(応急対策) 住宅応急対策    ・ 戦災者を、焼け残った学校その他の施設に収容(縁故先や他町村へも疎開も多かった)
・ 建築は規模に関係なく知事の許認可を要したが、S21年3月末までで1139戸(平均建坪29坪)、無許可で752戸(同18坪)
・ 県が越冬対策で簡易住宅(6畳、3畳、組み立て式)2000戸計画し実物見本を展示したが、申し込みは約800戸、実際に建ったのはごくわずかだった
・ S21年5月、簡易住宅(賃貸)完成(市営住宅250戸、日本住宅営団750戸
・ S22年5月現在、民間自力建築2073戸、市営住宅350戸、営団住宅1814戸、同胞援護会関係138戸、計4375戸 
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P313~314   
戦災復興(応急対策) 上下水道の応急復旧    <上水道>
・ 上水道の給水管破損がひどく、全給水戸数の44%、1万1642戸が被災、漏水量は配水量の58%、給水人口は14万人から8万人に減少
<下水道>
・ 汚水桝や雨水桝にたまった焼け土が排水管に流れ込み、排水機能が一時半減
・ 復旧作業はS20~23年(上水道応急復旧事業)
・ 下水本管の掃除、S21~23年度で一応終了 
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P314   
戦災復興(応急対策) 仙台市電  1945年(S20)  * 1945年(S20)7月10日、仙台空襲で、片平丁の車庫が焼失、循環線全線と長町線の東五番丁~荒町間(あわせて6.6キロ)が爆撃で破壊されて一時運転不能
・ 車両は八幡町、長町、北仙台の各線に分散疎開し、損傷は軽微、一部は翌日から折り返し運転
* 1945年(S20)8月3日、循環線のうち南町回り線が復旧
* 1945年(S20)8月20日、戦災後の軌道復旧作業完了、全線運行再開 
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P87、P315   
戦災復興(応急対策) 市営ガス    <空襲被害>
・ 空襲で、清水小路事業所構内の建物、機械室、倉庫など8棟が全焼、ガス発生炉3基、ガスタンク3基を除いて他の機械設備51は焼失または損傷 / 市内のガス需要家の約半分1892戸が焼け、供給管が被害
<応急復旧工事>
* 1945年(S20)10月、一応、ガス供給施設の復旧修了
  10月10日から、一般需要家1200戸へ供給再開
* 1946年(S21)3月末までに、事業用建物、機械設備復旧完了
* 1946年(S21)10月、被災した供給管など一応修理完了  
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P88、P315   
戦災復興事業 街路    <幹線街路計画>
* 1946年(S21)11月決定、25路線、幅員(50~15m)、延長5万894m(うち、復興事業関係は23線)
* 1954年(S29)、16路線(1万9103m)に計画変更
  →写真データベースの98-026に「一覧表と一覧地図」(路線名、起点、終点、幅員など記載)
* 16路線中、清水小路光禅寺線以外は、S35年度までに完了
・ その後、清水小路光禅寺線は起点部分221mを除外

<グリーンベルト設置>
・ 幅員27M以上の街路に植樹帯造成
・ 7路線(青葉通、東二番丁線、細横丁線、長町堤町線、定禅寺錦町線、狐小路連坊小路線)は車道の両側または中央にグリーンベルト(木と芝生)
・ 11路線の一部歩道に街路樹植栽(上記7路線+多門通常盤丁線、北目町通線、北二番丁線、勾当台通) 
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P317~324  ・S29年に決定した「戦災復興事業の都市計画街路一覧表と一覧図」 →写真98-026/「目で見る仙台の歴史」P176に拡幅された細横丁(晩翠通り)/「市民の戦後史(仙台市)」P60(拡幅工事中の細横丁) 
戦災復興事業 公園緑地造成    ・ 戦災復興区画整理事業により13の公園・緑地が造成された / 勾当台公園(2.4ha)、西公園(11.4ha)、青葉山公園(50.3ha)、錦町公園(1.7ha)、定禅寺通緑地(0.8ha)など(一覧は、「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P329)
・ 1961年(S36)3月の戦災復興事業完了までに、復興区域内では、西公園の拡張整備のほか11の公園・緑地(20.6ha)が造成され、戦前からあった公園を合わせ約30haとなり、面積、数とも大幅に拡大した 
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P328~330   
戦災復興事業 戦災墓地を北山霊園へ    * 1951年(S26)10日、復興区画整理区域内の11寺院のうち、区域内に墓地をもつ社寺(満願寺、光円寺、大聖寺、宮城県神職会)に対して、新造成した北山霊園の一部に、墓地用地を配分 
* 1952年(S27)までに、4社寺の有縁墓碑1648基移転修了、無縁墓碑600基は各墓地内に万霊塔を建て納骨
* 1956年(S31)6月、残りの用地は市営墓地とし、市民に開放
・霊園東の入り口に戦災死亡者の記念碑がある 
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P331~333  /「市民の戦後史(仙台市)」P77(S28、北山霊園へ墓地移転供養)/同P96(墓参する家族) 
戦災復興事業 土地区画整理    ・ 土地区画整理施工地区は市の中心部290ha(東西1.5キロ、南北2.7キロ)
 / 当初計画(1946年(S21)5月仙台都市復興都市計画土地区画決定)では土地区画整理面積424haだったが、その後、3回の縮小変更を経て、最終的には293haとなった

・「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P339の区画整理地図で、計画区域の縮小経過が確認できる
・「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P341~342に、区画整理前後の街路地図あり、街路の変化を対比できる
・ 区画整理前後の地積(道路・公園・宅地など)の変化は、「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P343の表79
 / 道路面積が11.5%→29.5%、公園1.1.%→6.8%、宅地84.8%→63%へ

<川内地区>
・ 当初計画区域とされた川内地区は、米軍接収(S20年9月~32年11月)されているため、区画整理区域からは除外、日本側に返還後は、国から東北大学、宮城県、仙台市が土地の使用配分を受ける
・ 返還後、東北大学川内キャンパス、市立商業高校、県営スポーツセンター、市立博物館などが建設された 
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P338~343   
戦災復興事業 難航した建物移転  1948年(S23)~1958年(S33)  <建物移転>
・ 1948年(S23)8月、開始
・ 対象は、区画整理施行区域内の幹線街路、区画街路、公園など予定地に建つ建築物
・ 方法は、曳き方、移築、除去の3種
・ 移転補償は移転料、移転完了までの家賃補償、工作物補償、営業補償、移転雑費など

<手を焼いた堅牢建物>
* 1950年(S25)開始~1958年(S33)7月完了、新設または拡幅予定の幹線道路の用地にあった堅牢建築物11軒を移転
 ・ 長町堤町線の日乃出劇場
 ・ 東一番丁線の明治製菓支店、キリンビール支店
 ・ 東二番丁線の市立病院表玄関、仙台商工会議所、三井生命支店、協和銀行支店、逓信病院、東北学院赤レンガ校舎の一部、宮城学院校舎の一部
 ・ 多門通常盤丁線の小林家住宅

・ 最後まで残っていた、逓信病院、東北学院、宮城学院は、S33年3月~7月末に撤去完了 
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P334~345、P349  撤去対象の東二番丁の堅牢建物の位置図は、写真98-109/「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P349の写真61(東二番丁通り拡幅部分にはみ出した宮城学院) 
戦災復興事業 不法建築物の強制撤去  1949年(S24)~1960年(S35)  <不法建築物の強制撤去>
・ 1949年(S24)3月~1952年(S27)12月に実施
・ 街路用地や不在者宅地内に無許可で建てたバラックなど集団的不法建築(仙台駅前の2つのマーケット街など)
・ 立ち退きに応じず、強制執行された一覧表に19件
   →「仙台市史 続編第1巻」P346の表80
・ 中でも、S24年4月18日、駅前の東五番丁・南町通り交差点東北角(26戸)の強制撤去は、警察官500人出動しものものしい警備の中で、県と市の職員が代執行
・ 同様の事例が、S26~27年にも3件(45軒~69軒) / S26年に、元寺小路・日吉町、仙台駅川内線の東五番丁角付近 / S27年に、日吉町・名掛町 
・ 立ち退き者の住宅対策 → S24年、花京院通に115㎡の臨時収容所設置、のにち小田原裏山本丁に移転

<仲ノ町の集団占拠>
・ 西公園の一部として公園緑地帯に指定された仲ノ町地区広瀬川岸の3.5haに、戦災で行き場所を失い追い詰められた生活困窮者や朝鮮人約1000人が無許可でバラックを建て住む
・ S31年6月の市調査では、231戸347世帯、999人(うち朝鮮人が93人)居住
・ 通路は迷路状で密造酒、麻薬の巣窟、犯罪者の逃避場ともいわれ、市の調査員に警官同行した場合あり
・ 1958年(S33)7月26日、制服私服警官を配して、一部を順に代執行、自主移転者もいたが、12世帯(40人)は最後まで残った
・ S35年、跡地に市民プール(東北電力が建設し市に寄付)着工し、最後まで残った世帯を臨時収容所に収容し解決した 
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P345~347  「仙台クロニクル」(風の時編集部 2020年刊)P56(S37、西公園の市民プール) 
戦災復興事業 市電軌道、電線、水路の移設  1947年(S22)~1960年(S35)  <市電軌道の移設>
循環線の一部を、戦災復興年計画により既設街路の線形の変化、街路拡幅にあわせて軌道も移設(のべ1013m撤去、910m敷設)
* 1947年度(S22)から開始
・ 片平丁の裁判所前、西公園前、仙台駅前付近の3か所で、軌道の屈折緩和のため改良工事
* 1960年(S35)に、清水小路銑鉄局前の屈曲部も改良

<電線移設>
* 1952年(S27)2月、宅地になる旧道路に敷設されていた地下ケーブル線(送電用300m、電話用100m)を新道路地下に移設

<無電柱街路実現>
・ 仙台駅~川内線(仙台駅~南町間)
・ 元寺小路川内線(元寺小路~国分町間)
・ 長町堤町線(南町通~錦町間)
・ 東二番丁線(南町通~定禅寺通間)
・ 東一番丁線(南町通~定禅寺通間)
・ 中央通り繁華街

<四ツ谷堰の水路変更>
* 1948年度(S23)~1957年度(S32)、一部水路の付け替え、暗渠化などを5カ所で実施 
「仙台市史 続編第1巻(行政建設編)」P352~354   
仙台市戦災復興記念館 開館  1981年(S56) 
* 1981年(S56)4月1日、仙台市戦災復興記念館、大町に開館
* 1982年(S57)7月10日、復興記念館で、「戦争体験を後世に語り継ぐ集会」
* 1985年(S60)12日、館内に仙台市ボランティアセンター開設(2020年現在は、青葉区五橋の仙台市福祉プラザ6階にある) 
財団法人仙台ひと・まち交流財団HP/Wikipedia「仙台市戦災復興記念館」/「続・ 宮城県郷土史年表」P148/「仙台市史 年表」P132、P134   

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軍刀(陸軍)
軍馬の銅像
軍服(陸軍)
軍用機献納
蛍光灯
警察
競馬
敬老乗車証
下水処理
血液センター
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県営宮城野球場(宮城球場)
県営宮城野原硬式庭球場
県営宮城野原蹴球場
県営宮城野原陸上競技場
県営宮城自転車競技場
元気フィールド仙台
健康都市宣言
県立学校、名称変更
県令 → 知事
興亜奉公日/大詔奉戴日
公会と隣組
公害・環境問題
公害市民憲章
公害防止条例
光化学スモッグ
公職追放/追放解除
公設浴場
交通監視用テレビ
高等学校(新制)
勾当台公園
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公民館
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国際反戦デー
国定公園
国鉄
国道45号線
国道48号線
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チリ地震津波
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電話
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土井晩翠
東一マーケットと中央マーケット
洞雲寺
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東京オリンピック(昭和)
東照宮(仙台)
東部復興道路
同胞援護会
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東北振興/農村更生
東北大学
東北大学病院
東北鎮台 →仙台鎮台 →第二師団
東北帝国大学
東北電力
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東北楽天ゴールデンイーグルス
東北歴史資料館
東北六魂祭
東北絆まつり
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特別調達庁
都市型CATV
特急はつかり
特急ひばり
トラックターミナル
名掛丁商店街
仲の瀬橋(広瀬川)
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奈良原式鳳号
西内楽器店
西公園(桜ケ岡公園)
西本願寺別院(東一番丁)
二十人町
日米野球
ニッカウイスキー工場
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日本生命館
日本鉄道
日本農民組合
ネオンサイン
年賀郵便
年中行事(まつり)
乗合馬車
敗戦後の諸相・仙台
廃藩置県(仙台県誕生)
バカンス(流行語)
爆弾三勇士の歌
博覧会・フェア
芭蕉の辻
芭蕉の辻商館
芭蕉の辻の城櫓風建物
芭蕉の辻の洋館
バス
バスプール
バス優先レーン
支倉常長(記念碑/銅像)
発電事業
パテー館
花火大会
針久旅館支店(仙台駅前)
ハリストス正教会堂
藩祖政宗公三百年祭
藩祖政宗公の記念祭
東一番丁(商店街)
東一番丁大火
東一番丁百年祭大仮装行列
東二番丁尋常小学校
東二番丁通り(拡幅)
東日本大震災
光ヶ丘天使園
飛行船「雄飛号」
飛行大会
ひとにやさしいまちづくり条例
ヒトラーユーゲント一行が来県
日乃出映画劇場
ひらつか(東一番丁)
ビル建設
広瀬川の清流を守る条例
広瀬通り
広瀬橋(広瀬川)
プール
フェリー
俯瞰撮影禁止など
福祉ボランティアのまちづくり事業
富国生命館(国分町)
藤崎
フジビール
婦人の社会活動(戦後・仙台)
婦人標準服
物価上昇
二日町大火
復興盆踊り
仏舎利塔
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文化キネマ/文化劇場/仙台松竹映画劇場
文学碑など(仙台)
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