仙台よみとき用語年表
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国鉄(日本鉄道時代) 東北本線  1887年(M20)~1906年(M39)10月  <日本鉄道時代>
* 1887年(M20)12月15日、開業
   (当時は私鉄・日本鉄道で、塩釜まで開通)
* 同年12月20日、東京・仙台間の開通式挙行
* 1891年(M24)9月1日、仙台~青森間が開通 
「重訂 宮城県郷土史年表」P278/「仙台市史 年表」P86、P87   
国鉄(鉄道省時代) 1 日本鉄道 →国有化(鉄道省)  1906年(M39)11月~1945年(S20)8月  <鉄道省・運輸逓信省時代>
日本鉄道は、M39年公布の鉄道国有法により、
* 1906年(M39)11月1日、国有化された

* 1944年(S19)11月15日、東北本線岩切駅から分岐する「海線」(岩切~品井沼)開通 
「仙台市史 年表」P93/Wikipedia「日本鉄道」/「重訂 宮城県郷土史年表」P503   
国鉄(鉄道省時代) 2 戦時輸送(貨物優先体制)  1938年(S13)~1943年(S18)  <戦時中>
(所管は鉄道省、S18年11月運輸通信省、S20年5月運輸省)

<戦時輸送>(「ものがたり東北本線史」より)
* 1938年(S13)6月、鉄道輸送は旅客より貨物重点方針決定、戦時輸送優先(全国鉄道局長会議)
* 1938年(S13)、仙台鉄道局内に第1鉄道輸送司令部仙台支部設置(司令官は大佐)、1943年(S18)に仙台地区司令部となり(司令官は大佐)、仙台駅、弘前駅には停車場司令部が置かれた
* 1938年(S13)10月1日、銑鉄局管内で「銃後弁当」売り出し(15銭)
* 1939年(S14)11月15日、ダイヤ改正、旅客を従、貨物列車を主とする
* 1940年(S15)9月16日、駅の表示板から英語の表示が消える(菅家年表P25)
* 1942年(S17)10月6日、閣議、戦時陸運非常体制を決定、東北本線は石炭輸送第一(北海道の石炭を京浜の軍需工場へ輸送)
* 1943年(S18)2月28日、国鉄乗客指定制実施(厳しい旅行制限)、食堂車、寝台車完全廃止
* 1943年(S18)3月10日、銑鉄局、11本の貨物列車新設(3月11日、石炭専用列車スタート)
 
「ものがたり東北本線史」P507~P532/菅家文英「生活の変わりようをみる昭和の年表」P25   
国鉄(鉄道省時代)3 戦時輸送(決戦輸送)  1944年(S19)  <戦時輸送>(「ものがたり東北本線史」より)
* 1944年(S19) この年、国鉄は徴用者、一般疎開、工場疎開、学童疎開、北海道からの石炭輸送、戦時物資などの輸送を重点とした / 戦時貨物輸送増強のため、国鉄長町ヤードを強化 / 4月からは「決戦輸送」
<女性増加>
* 1月、国鉄現場に女性が急激に進出(仙台局管内の8%に)出札、改札、小荷物、車掌、列車掃除手、踏切警手など
* 3月、女性が、貨物掛、荷扱手など重労働の職種にも
<急行列車など廃止>
* 4月1日、急行半減、寝台車廃止、一等寝台、食堂車廃止
* 4月現在、上野~青森間の急行列車は、常磐線経由の1往復のみ
* 9月、唯一の急行列車も廃止(昭和20年11月20日、仙鉄の急行列車復活)
<疎開輸送>
* 3月28日、東北地方初の疎開輸送用臨時列車(常磐線まわり一関行き)
* 4月25日~6月10日、疎開輸送強化期間
<旅行制限>
* 4月1日、100キロ以上の長距離旅行制限 / 旅行者は、警察の「旅行証明書」が必要
<旅行制限:以下、Wikipedia「決戦非常措置要綱」より> 
旅行制限では100km以下の乗車券の発売枚数の割当による数量の制限のほか、100km以上(乗車時間2時間以上)の遠距離列車の切符について居住地の警察署発行の旅行証明書がないと購入できないようにする措置(買い出しや遊興旅行の制限が目的)が東京都区内・横浜市内・川崎市内駅発に限り試行されたが、警察署の第一線事務増加からの反対から5ヶ月後に廃止され全国施行はされなかった。(上田卓爾「戦時下における旅行制限とガイドブックについて」)

 <これ以降は、項目「国鉄(戦後)」へつづく>
 <戦後の東北線関連は、項目「国鉄(東北本線)」へ> 
「ものがたり東北本線史」P507~P532/Wikipedia「決戦非常措置要綱」   
国鉄(戦後)1 東北本線以外  1945年(S20)夏~1965年(S40)  <以下は、東北本線、常磐線、仙山線、仙石線を除く、戦後の国鉄関連> 
   東北本線関連は、→ 項目「国鉄(東北本線)」に
   常磐線関連は → 項目「国鉄(常磐線)」に
   仙山線関係は、→ 項目「国鉄(仙山線)」に
   仙石線関係は、→ 項目「国鉄(仙石線)」に

* 1945年(S20)7月5日、国鉄運賃25割値上げ、仙台・東京間往復乗車賃210円となる
* 1945年(S20)秋、駅名を左書きに、平仮名、漢字、ローマ字の三段に(「菅家年表」P35)
* 1945年(S20)10月2日、進駐軍専用の白帯列車の運転開始
* 1945年(S20)11月20日、仙台鉄道局、急行列車復活
* 1949年(S24)6月1日、日本国有鉄道(国鉄)と日本専売公社、設立
* 1950年(S25)8月1日、機構改正で、仙台鉄道局は仙台鉄道管理局となる
* 1952年(S27)2月28日、米軍専用の客車「白帯車」を廃止(「菅家年表」P46)
* 1952年(S27)4月1日、進駐軍のRTO(米軍鉄道輸送司令部)廃止、国鉄の自主運行となる(「菅家年表」P46)
* 1952年(S27)9月1日、仙台自動車営業所、貨物運送開始
* 1954年(S29)5月1日、長町操車場営業開始(当時、北日本最大規模、1日3000輌をさばく)
* 1954年(S29)12月20日、国道4号線と東北本線の立体交差橋完成(長町諏訪)
* 1957年(S32)1月16日、仙台に東北支社設置
* 1958年(S33)4月16日、宮城野に仙台貨物駅起工式
* 1960年(S35)7月1日、新運賃制で三等を廃止(2、3等車を1、2等車に改め、3等車の赤切符を廃止)
* 1961年(S36)6月1日、宮城野貨物駅スタート
* 1965年(S40)9月24日、電子計算機による「みどりの窓口」開設 
「仙台年表」P215/「仙台市史 年表」P116/「仙台市史10 年表」P329/「重訂 宮城県郷土史年表」P544、P558、P573、P575、P584、P588、P597、P600、P621、/菅家文英「生活の変わりようをみる昭和の年表」P35、P46、P54   
国鉄(戦後)2 東北本線以外  1966年(S41)~1975年(S50) 
* 1966年(S41)3月5日、運賃値上げ、旅客31%
* 1967年(S42)10月1日、常磐線、電化し営業運転を開始
* 1969年(S44)5月9日、運賃15%値上げ
* 1969年(S44)5月10日、1、2等車を廃止、グリーン車ができる(「菅家年表」P63)
* 1970年(S45)1月22日、指定乗車券がコンピューターによる発売となる(「菅家年表」P64)
* 1970年(S45)7月21日、東北支社廃止決定
* 1972年(S47)3月15日、仙台(宮城野駅)~東京間(小名木川駅)、フレートライナー(鉄道とトラック輸送を直結したコンテナ輸送)往復運転開始/ 同日、長距離普通列車228号(青森~上野間)引退
* 1972年(S47)4月1日、運賃改正にあわせて、仙台市内11駅を市内扱いに改正
* 1972年(S47)4月27日、国労・動労が空前のストライキ決定
* 1973年(S48)12月4日、公労協全日ストで国鉄ダイヤ大混乱
* 1973年(S48)8月、鉄道弘済会の売店、KIOSKと呼称(「菅家年表」P67)
* 1974年(S49)3月26日、国労・動労は、正午まで準ゼネスト
* 1974年(S49)4月11日、春闘で空前の交通スト(600万人参加、国鉄初の全面運休)、4月13日収拾
* 1974年(S49)10月、仙台鉄道管理局管内からSLが完全に姿を消す
* 1974年(S49)11月27日、国鉄48時間スト
* 1975年(S50)5月9日、春闘で交通ゼネスト、国労・動労はスト中止
* 1975年(S50)11月26日、公労協・国労・動労などがスト権奪スト、12月4日スト中止(国鉄全線、史上最長の192時間運休)
* 1975年(S50)12月1日、東北公労協ストで、仙山線完全ストップ
 
岩波ブックレット「年表 昭和史」P55、P56/「重訂 宮城県郷土史年表」P624、P635、P649、P662/「続・ 宮城県郷土史年表」P7、P8、P9、P25、P28、P34、P41、P47/菅家文英「生活の変わりようをみる昭和の年表」P63、P64、P67、P68   
国鉄(戦後)3 東北本線以外  1976年(S51)~1987年(S62)4月  * 1976年(S51)3月17日、公労協春闘24時間ストで国鉄幹線網マヒ
* 1976年(S51)4月20日、交通ゼネストで、常磐線全面運休
* 1977年(S52)4月、仙台発列車のほか古川発にも禁煙列車追加
* 1978年(S53)4月13日、動労などスト突入、長距離列車全面マヒ
* 1980年(S55)4月15日、国鉄・私鉄などストライキ
* 1980年(S55)11月24日、ドカ雪で、東北線全面ストップ、仙石線も戦後初めて不通、仙台市内で11万戸停電
* 1981年(S56)10月1日、国鉄、「フルムーン」を発売
* 1982年(S57)2月15日、仙石線の榴ヶ岡・宮城野原・苦竹・福田町・陸前高砂・下馬・西塩釜駅業務を民間委託
* 1983年(S58)10月2日、仙石線に特別快速列車
* 1985年(S60)3月1日、仙台圏にグリーンライナー新型電車運転(国鉄715系電車1000番台、国鉄455系電車、国鉄717系電車0・100番台の国鉄末期の仙台地区の塗装から名付けられた愛称)
* 1985年(S60)10月11日、閣議、国鉄の1987年4月の6分割・民営化を決定
* 1986年(S61)1月30日、仙台圏の電車は、4人掛けをロングシートに改造
* 1986年(S61)4月25日、仙台圏輸送改善のグリーンライナー第1号が仙台運転所に配属
* 1987年(S62)4月1日、国鉄分割民営化、仙台に東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)東北地域本社が発足、JRグループ11法人と国鉄清算事業団が発足
 
    → <これ以降は、項目「JR東日本」へ> 
岩波ブックレット「年表 昭和史」P66、P68/「続・ 宮城県郷土史年表」P52、P53、P67、P80、P110、P120、142、P166、P189、P201、P204、P221/菅家文英「生活の変わりようをみる昭和の年表」P75   
国鉄(東北本線)1 旅客・貨物輸送
 
1887年(M20)~1945年(S20)夏  <日本鉄道時代>
* 1887年(M20)12月15日、上野~仙台~塩釜間、開通 / 合わせて仙台駅をはじめ白石、大河原、岩沼、岩切、塩釜等の各駅営業を開始 (当時は私鉄・日本鉄道)
* 1887年(M20)12月20日、上野~仙台間の開通式挙行
* 1891年(M24)9月1日、日本鉄道の仙台~青森間が全線開通
* 1906年(M39)公布の鉄道国有法により、同年11月1日に国有化された(所管はM41年12月内閣鉄道院、T9年5月に鉄道省)

<戦時中>
(所管は鉄道省、S18年11月運輸通信省、S20年5月運輸省)
* 1939年(S14)11月15日、国鉄ダイヤ改正、旅客列車を従とし、貨物輸送を主とする(戦時輸送完遂)
* 1940年(S15)8月1日、上野・青森間急行103・104列車の食堂車廃止(食堂車を傷痍軍人用の病院車に改造)
* 1940年(S15)8月、銑鉄局、見学旅行も一切認めない方針発表(このころ、すべての列車の乗車率が定員の2倍以上)
* 1940年(S15)9月16日、駅の表示板から英語表示が消える
* 1942年(S17)10月6日閣議決定、東北本線は石炭輸送第一、北海道の石炭を京浜の軍需工場へ輸送
* 1943年(S18)2月、東北本線、食堂車、寝台車を全廃
* 1944年(S19)4月1日、決戦輸送体制、運賃値上げと厳しい旅客抑制、(乗車券を買うのに2日も3日も並んで待つ)
* 1944年(S19)4月現在、上野~青森間の急行列車は、常磐線経由の1往復のみ(9月末、唯一の急行列車も廃止)
* 1944年(S19)4月25日~6月10日、疎開輸送強化期間(東北本線、常磐線の輸送計画は、14万8791人)
* 1944年(S19)7月上旬~9月上旬、学童集団疎開輸送
* 1945年(S20)7月10日、仙台空襲で、仙台駅、仙台鉄道局など焼失 
<日本鉄道時代>「重訂 宮城県郷土史年表」P278/「仙台市史 年表」P86、P87、P93

<戦時中> 「ものがたり東北本線史」P511、P516、P518、P529、P530、P531、P546/菅家文英「生活の変わりようをみる昭和の年表」P25 
 
国鉄(東北本線)2 旅客・貨物輸送  1945年(S20)秋~1965年(S40)  <戦後(昭和24年からは国鉄)>
 
* 1945年(S20)11月、上野~青森間急行1往復(101・102列車)が運転再開、しかし翌月、深刻な石炭不足になり再び一時運休
* 1947年(S22)6月28日、仙台鉄道管理局管内、急行復活し常磐線経由の急行1往復(207・208列車)運転開始、二等車復活
* 1947年(S22)7月1日、青森行き普通列車に「婦人子ども専用車」登場(「菅家年表」P41)
* 1947年(S22)11月1日、東北で木炭が滞貨となり、輸送のため「木炭列車」を運転 / 国鉄はこの秋、電力、石炭の不足で貨車の入れ替えにも支障が出る(「菅家年表」P41)
* 1948年(S23)7月1日、上野~青森間直通急行は東北本線経由の1往復(103・104列車)運転開始
* 1958年(S33)10月10日、東北初の特急列車「はつかり」、上野~青森間を常磐線経由で運転開始(「仙台市史 年表」P120)
* 1960年(S35)12月10日、「はつかり」(常磐線経由)が気動車(ディーゼル)特急となる(「重訂 宮城県郷土史年表」P598)
* 1961年(S36)5月1日、東京~仙台間電化され、特急電車が走る(「菅家年表」P55)
* 1962年(S37)4月27日、特急「ひばり」、東北本線の上野~仙台間で運転開始(「仙台市史 年表」P122)

 
「重訂 宮城県郷土史年表」P520、P589、P598//Wikipedia「東北本線優等列車沿革」(2020年7月)/菅家文英「生活の変わりようをみる昭和の年表」P41、P55/「仙台市史 年表」P122   
国鉄(東北本線)3 旅客・貨物輸送  1966年(S41)~1985年(S60)  * 1967年(S42)10月1日、東北本線、岩沼~福島駅間が複線電化して開通 / 同日に、東北本線特急の東京駅乗り入れも実現
* 1968年(S43)8月19日、東北本線、東京~青森間全線電化と複線化を完了(「菅家年表」P62)
* 1968年(S43)10月、特急「はつかり」が全列車東北本線経由となる(Wikipedia「はつかり(列車)」)
* 1972年(S47)3月15日、長距離普通列車228号(青森~上野間)引退
* 1980年(S55)11月24日、ドカ雪で、東北線27時間全面ストップ
* 1982年(S57)6月23日、東北新幹線開業(大宮~盛岡間)
* 1982年(S57)11月15日、特急「はつかり」、新幹線開業により運行区間を盛岡駅 - 青森駅間に短縮(Wikipedia「はつかり(列車)」)
* 1982年(S57)11月22日、特急「ひばり」(上野~仙台)お別れ運転
* 1984年(S59)1月4日、仙台~上野間にお座敷列車
* 1984年(S59)2月20日、東北線郡山行普通列車で禁煙実施

   ~以上、1989年(H1)まで~ 
「仙台市史」P133/「重訂 宮城県郷土史年表」P635/「続・ 宮城県郷土史年表」P7、P153、P172、P173/Wikipedia「東北本線優等列車沿革」(2020年7月)/[NHK仙台放送局60年のあゆみ」P56/菅家文英「生活の変わりようをみる昭和の年表」P62   
国鉄(東北本線)4 電化  1961年(S36)/1965年(S40)/1968年(S43) 
* 1961年(S36)3月1日、上野~仙台間の電化完成(S31年8月起工)
(菅家年表では、1961年(S36)5月1日東京~仙台間電化され特急電車が走る)
* 1965年(S40)10月1日、仙台~盛岡間の電化完成
* 1967年(S42)10月1日、東北本線、岩沼~福島駅間が複線電化して開通 / 同日に、東北本線特急の東京駅乗り入れも実現
* 1968年(S43)10月1日、青森まで東北本線全線電化完成

 
「重訂 宮城県郷土史年表」P582、P599、P621、P635、P643/「仙台市史 年表」P121、P124/「仙台駅前商店街振興組合の歩み」(年表)/菅家文英「生活の変わりようをみる昭和の年表」P55、P62   
国鉄(常磐線) 戦前・戦後  昭和末年まで  <戦時中>
* 1944年(S19)4月現在、上野~青森間の急行列車は、常磐線経由の1往復のみ(9月または12月、唯一の急行列車も廃止)

<戦後>
* 1947年(S22)6月28日、仙台鉄道管理局管内、急行復活し常磐線経由の急行1往復(207・208列車)運転開始
* 1976年(S51)4月20日、交通ゼネストで、常磐線全面運休
<戦後・電化>
* 1967年(S42)10月1日、常磐線電化完成
 
..l111   
国鉄(仙山線) 戦前・戦後  1926年(T15)~昭和末年まで  * 1926年(T15)4月、着工
* 1929年(S4)9月24日(または29日)、仙台~愛子間で営業開始(9月29日、北仙台駅開業)
* 1931年(S6)8月30日、愛子~作並間開通
* 1932年(S7)7月25日、東仙台駅開設
* 1934年(S9)10月17日、仙山西線、羽前千歳~作並間開通
* 1936年(S11)1月28日、面白山トンネル工事で建設列車が鉄橋から転落、60余人死傷す
* 1937年(S12)11月10日、作並~山寺間の工事完了し、全線開通(仙台~作並~山寺~山形)、全線で電気機関車運転開始
* 1957年(S32)7月1日、交流電化完成
* 1957年(S32)9月5日、仙台~作並間、交流電化による運転開始

<戦後>
* 1958年(S33)2月24日、世界初の交直両用電車の試運転開始
* 1960年(S35)11月1日、仙山線全線交流電化が完成(日本初の全線交流電化) 
* 1984年(S59)2月1日、国見駅・北山駅開業(当初は無人駅)
* 1986年(S61)7月7日、仙山線に自動式ドア採用
* 1987年(S62)3月21日、西仙台ハイランド駅開業
* 1988年(S63)11月18日、東照宮駅開業 
「仙台市史 年表」P105、P109、P120、P121、P135/「仙台市史10 年表」P284/「重訂 宮城県郷土史年表」P416、P427、P450、P460、P585、P598/「仙台年表」P200、P203、P207/「続・ 宮城県郷土史年表」P172、P208、P220、P253   
国鉄(仙石線) 国有化以降  1944年(S19)5月~  <これ以前は、項目「宮城電鉄」参照>

* 1944年(S19)5月1日、宮城電鉄が国有化され、仙石線となる

<戦後>
* 1952年(S27)、仙石線東七番丁駅の廃止
* 1964年(S39)5月8日、東京国電並みの混雑緩和のため、時差出勤呼びかけ
* 1966年(S41)1月20日、苦竹踏切、立体交差完成
* 1966年(S41)3月15日、陸前原町~西塩釜間、複線化工事起工式
* 1968年(S43)3月22日、原町~多賀城間の複線が完成
* 1975年(S50)2月15日、新型電車始発式
* 1980年(S55)11月24日、ドカ雪で、仙石線戦後初めて不通
* 1983年(S58)10月2日、仙石線に特別快速列車
* 1985年(S60)10月24日、仙台~苦竹間(3.9キロ)の地下化工事起工式
* 1986年(S61)3月20日、多賀城駅の新駅舎完成
* 2000年(H12)、仙石線地下新線開業・あおば通駅開設
 
「重訂 宮城県郷土史年表」P614、P623、P638/「仙台市史 年表」P134/「続・ 宮城県郷土史年表」P37、P120、P166、P196、P203/仙台市HP「仙台市のあゆみ」   

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学校教練
渇水
勝山公園
河北新報社
河北遊園地
釜房湖(ダム)
亀岡八幡宮
カルトン食堂
簡易保険保養センター
環境基本条例
がん検診センター
勧工場・商館
幹線道路
紀元二千六百年
気象台
切手代(ハガキ)
木町通小学校
義務教育期間
キリンビアホール
禁煙
銀行(地域の銀行)
銀行(都市銀行)
錦章堂ビル
金属回収
金の星(カフェ)
金富士(料理店)
国見浄水場
軍事教練
軍刀(陸軍)
軍馬の銅像
軍服(陸軍)
軍用機献納
蛍光灯
警察
警察署
競馬
敬老乗車証
血液センター
県営宮城野球場(宮城球場)
県営宮城野原公園総合運動場
県営宮城野原硬式庭球場
県営宮城野原蹴球場
県営宮城陸上競技場
元気フィールド仙台
健康都市宣言
県立学校、名称変更
県令 → 知事
興亜奉公日/大詔奉戴日
公会と隣組
公害・環境問題
公害市民憲章
公害防止条例
光化学スモッグ
公職追放/追放解除
公設浴場
交通監視用テレビ
勾当台公園
工兵第二大隊/工兵第二連隊
公民館
江陽会館
国際反戦デー
国定公園
国鉄
国道45号線
国道48号線
国民学校
国民義勇隊
国民金融公庫
国民健康保険
国民徴用令
国民勤労動員令
国民服
国民帽
こけし塔(仙台駅前)
こけし塔(西公園)
五色沼
国旗掲揚
午砲
在外同胞救出仙台学生同盟
在郷軍人会
在住朝鮮人大会
斎藤報恩会
蔵王エコーライン
桜ケ岡公園(西公園)
桜ケ岡大神宮
サマータイム
産業組合中央会
三居沢交通公園
三陸自動車道
JR東日本
市街化区域
市街地住宅
自警団
試験管ベビー
時差出勤
思想弾圧
四大節
七十七銀行
市町村合併
市町村合併歴(仙台)
輜重兵第二大隊 /輜重兵第二連隊
自動車
自動車専用道
シネマスコープ
師範学校
紙幣・硬貨(戦後)
姉妹都市
市民の家
市民福祉会館
釈迦堂
車両ナンバー
週休二日制
住居番号表示制
住宅団地
柔道・剣道
祝賀行事
主食配給量
障害者福祉
鐘景閣
松根油
定禅寺通り
昭忠碑
商店など
常磐線
消費者団体
消防組/防護団/警防団/消防団
昭和三陸大地震津波
食糧メーデー
女子挺身勤労令
女子挺身隊
シルバー人材センター
新憲法
新国丁
震災遺構
新産業都市
新住居表示制度
親切運動
新仙台港
身体障害者福祉モデル都市
仁丹マーク
進駐軍(米軍)
新常盤町(遊郭)
新聞社
人力車
市町村合併
水害
瑞鳳殿
スパイクタイヤ対策条例
スパイクタイヤ粉塵公害
スポーツセンター
スポーツ大会
隅櫓
精好仙台平保存館
青少年団
清掃事業(行政)
清掃工場
政党(戦後)
青年訓練所
青年学校
青年団
税務署
精養軒
政令指定都市
セコイヤの化石
戦後開拓
戦後教育
戦後の物資・価格統制撤廃
戦後復員/引揚げ
戦災記録
戦災者・引揚者用住宅
戦災復興
仙山線
戦時衣料
戦時中の勤労動員/就労規制
戦時中の物資統制、使用規制
仙集館
戦勝祝賀行事
仙石線
仙台朝市
仙台アメリカ文化センター
仙台育児院
仙台駅
仙台オープン病院
仙台卸商センター
仙台偕行社
仙台歌舞伎座(開明座)
仙台簡易保険局
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仙台空港アクセス鉄道
仙台空襲
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仙台市営地下鉄
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仙台市街自動車
仙台市科学館
仙台市公会堂(戦前)
仙台市公会堂(戦後)
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仙台市視聴覚教材センター
仙台市市民文化事業団
仙台市消防局
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仙台市の特徴ある条例・宣言・憲章・事業
仙台市の花・木・鳥・虫
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仙台市ボランティアセンター
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仙台市民図書館
仙台市民の消費生活を守る条例
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仙台城二の丸焼失
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仙台南部道路
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SENDAI光のページェント
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戦没者慰霊
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総進軍大会
体育館
大学・短大
大学紛争
大政翼賛会/新体制/公会/報国会
大東亜共栄圏
大東亜新秩序
第二高等学校(旧制)
第二師団
第二師団(出兵記録)
第二師団凱旋記念満蒙軍事博覧会
第十三師団
第三十三師団
第四十二師団
大日本国防婦人会
大日本婦人会
大日本連合婦人会
台原森林公園
台風被害(戦後)
多賀城跡
高橋是清
タクシー
竹槍訓練
谷風の墓所
多門師団凱旋
多門通り
男女共学
地価狂乱(バブル)
ちびっこ広場
中等教育学校(旧制)
駐留軍(米軍)
彫刻のあるまちづくり事業
鳥獣特別保護区
朝鮮館
朝鮮戦争
樗牛瞑想の松
チリ地震津波
榴ケ岡公園
ツルヤ洋菓子店とカフェ・クレーン
デイケアー
貞山運河
逓信関連
停電
出稼ぎ者相談所
テレトピア構想
テレビアンラジオ
テレフォンカード
電気開始(仙台)
電球
電信開始(仙台)
伝染病流行
伝統町名保存
天皇、仙台行幸
電力ホール
電話開始(仙台)
電話
土井晩翠
東亜新秩序
東一マーケットと中央マーケット
洞雲寺
灯火管制
東京オリンピック(昭和)
東照宮(仙台)
東部復興道路
同胞援護会
東邦生命ビル
東北学院
東北産業博覧会
東北自動車道
東北新幹線
東北振興/農村更生
東北大学
東北大学病院
東北鎮台 →仙台鎮台 →第二師団
東北帝国大学
東北帝国大学医学部附属病院
東北電力
東北本線
東北楽天ゴールデンイーグルス
東北歴史資料館
東北六魂祭
東北絆まつり
特別調達庁
都市型CATV
特急はつかり
特急ひばり
トラックターミナル
仲の瀬橋(広瀬川)
長町駅
奈良原式鳳号
西内楽器店
西公園(桜ケ岡公園)
西本願寺別院(東一番丁)
二十人町
日米野球
ニッカウイスキー工場
日本銀行
日本生命館
日本鉄道
ネオンサイン
年賀郵便
年中行事(まつり)
乗合馬車
バカンス(流行語)
爆弾三勇士の歌
博覧会・フェア
芭蕉の辻の交番
芭蕉の辻商館
芭蕉の辻の城櫓風建物
芭蕉の辻の洋館
バス
バスプール
バス優先レーン
支倉常長(記念碑/銅像)
発電事業
パテー館
針久旅館支店(仙台駅前)
藩祖政宗公三百年祭
藩祖政宗公の記念祭
東一番丁
東一番丁大火
東一番丁百年祭大仮装行列
東二番丁尋常小学校
東二番丁通り
東日本大震災
光ヶ丘天使園
飛行船「雄飛号」
飛行大会
ひとにやさしいまちづくり条例
ヒトラーユーゲント一行が来県
日乃出映画劇場
ひらつか(東一番丁)
ビル建設
広瀬川の清流を守る条例
広瀬通り
広瀬橋(広瀬川)
プール
フェリー
俯瞰撮影禁止など
福祉ボランティアのまちづくり事業
富国生命館
藤崎
フジビール
婦人標準服
物価上昇
二日町大火
復興盆踊り
仏舎利塔
ブラザー軒
浮浪者
文化キネマ/文化劇場/仙台松竹映画劇場
文化勲章
文化財指定(平成年間)
文化横丁
兵役制度
米軍進駐
ベガルタ仙台
ペデストリアンデッキ
ヘレンケラー女史
奉安殿
防空演習
ポケットベル
歩行者天国(東一番丁)
ホテル
歩兵第4連隊
歩兵第104連隊
政宗卿騎馬像
政宗卿平服像
松島座/パテー館/仙台日活館/仙台日活劇場
松永正敏中将
松原街道
マナスル登頂成功
丸光
満年齢
満蒙開拓
右側通行
水の森スケート場
三越(仙台支店)
緑と花いっぱい運動
緑の団地条例(仙台市)
南町大火
南町通り
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宮城学院
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