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大町通り (東一番丁通角以東)(大正末)(2)
大町通り (東一番丁通角以東)(大正末)(2)

分類項目 大町通り 
タイトル 大町通り (東一番丁通角以東)(大正末)(2) 
写真番号 22-28 
場所 仙台市大町五丁目
映像内容 写真 43-25 と同じ場所を、逆方向から撮影(道の奥が西方向で、道の先に東一番丁・大町交差点がある) / 左側は、手前から及慶商店(漬物佃煮)、「たいみそ」の看板、「自転車 藤寝台椅子」の看板、ズボン類、目玉の絵の看板、四角いビルはカルトン(レストラン) 98-029  / 右側は、手前端が和田床屋、五丁目新丁を挟んで三共電気商会、、四角いビルは宮城貯蓄銀行(?)、その先のまるいビルは明治生命館 16-44  / 道の両側に大町五丁目の街灯(1基1灯型)がついた / 中央奥の塔屋のある洋館は芭蕉の辻東北角の七十七銀行本店 99-021  / 大正15年(昭和元年)に、大町通り・東一番丁通り角(東北角)に開店した西内楽器店(木造多層店舗) 49-04 がまだない
撮影年代 1925年(T14)か1926年(T15) 
撮影年代判定根拠 ①大正13か14年頃の写真 43-25 にはなかった街灯がある / ②大正15年開店の西内楽器店がまだない
関連情報/参考文献 「カルトン」 98-029  は、東一番丁のカフェ・クレーン 22-5645-02 やブラザー軒とともに、仙台の知識人や学生たちのたまり場だった
/ 和田床屋は仙台初の床屋で、和田専助明治4年に山家横丁で「散髪」の看板を掲げた。和田専助夫妻の写真は 44-04
備考 <鈴木えなこさん(大正5年生まれ)の思い出 「ビルは子どもの遊び場だった」> 「旧・大町五丁目(藤崎と東二番丁の間)は、私の遊びの空間でした。                                 / 左の四角いビルのカルトン(洋食) 98-029 は大衆向きではなかった。 /カルトンには昭和の初めエレベーターが仙台でははじめてついた。子どもなので、よく遊びに行ってエレベーターに乗った。                                                               / 明治生命 16-44  も遊び場だった。外に鉄の柵があり、鉄棒のようにクルンとまわって遊んだ。」

<青葉区・一力みちさん(大正5年生まれ)の思い出 「軍都仙台・朝の音」> 
「大正10年前後、野砲隊への馬のひづめの音を立てての出勤で目がさめた朝。(川内の師団司令部から、大町、名掛丁、二十人町経由で、宮城野原の野砲隊へ)」

<宮城野区・丹野邦夫さん(大正12年生まれ)の思い出 「兵隊が行き来した大町通り」> 「大手門には歩哨が立っており、ここの師団司令部に行き来する兵隊さんたちが、毎朝、榴ケ岡の歩兵四連隊から大町を沢山通った。」 
カラー/モノクロ モノクロ 
分類内の通し番号
画像ファイル名 sendai3018 
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