【解説】A-02 東一番丁

東一番丁は、昭和45年2月の住居表示変更で「一番町」となるが、分類A-02の写真はほぼすべてが、それ以前の東一番丁時代です。 (大正以降の戦前期が3分の2、戦後の昭和20,30年代が3分の1)

藩政時代には侍屋敷の町だった「東一番丁」が、明治以降は商人の町に姿を変え仙台随一の商店街に発展。 仙台空襲(昭和20年7月)では東一番丁全域も灰燼に帰すが、敗戦翌年(昭和21年)8月、市内に先駆けて七夕や盆踊りを復活、仙台の中心商店街として復興を遂げた。

一番町は南から北へ、1~4丁目まであるが、商店街としての一番町は2丁目以北で、3つの商店街で構成されている。(1998年現在)

  1. 東一番丁(北部)
    現・一番町四丁目買物公園(旧・東一北振会と 旧・東一中央会)
    定禅寺通り角と広瀬通り角(旧・立町通り角)との間にある商店街。
    1982年(昭和57年)に「アーケードのある買物公園」完成。
  2. 東一番丁(中央部)
    現・一番町一番街商店街「ぶらんど〜む一番町」(旧・東一振興会)
    広瀬通り角(旧・立町通り角)と中央通り角(旧・大町通り角)の間。
    一番町三丁目の大部分が範囲。
  3. 東一番丁(南部)
    現・サンモール一番町商店街(旧・大通り親和会 ⇒ 旧・大通り商店街)
    中央通り角(旧・大町通り角)から南町通り角との間。
    一番町2丁目、および3丁目の一部に跨る。
    東一番丁の道幅が戦前期には、立町角以南が以北より広かったので、通称「大通り」と呼ばれていた。

各商店街の年表と商店街組合の変遷については → 関連資料 A-02(東一番丁) に。


東一番丁の写真は、4つに分類した。

  1. 北部(定禅寺通角~立町通角)
  2. 中央部(立町通角~大町通角間)
  3. 南部(大町通角以南、通称大通り) の3つの商店街
  4. 東一番丁・大町通交差点(代表的な景観として絵葉書などが多い)
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