【解説】C-07-01 仙台駅舎と駅前(戦前)

明治20年の鉄道開通から、仙台空襲(昭和20年7月)で駅舎も駅西側一帯も灰燼に帰す迄の時代の写真。

駅舎は、開業時の第1代は写真がなく、スケッチ画。明治27年できた第2代駅舎は木造洋館(中央部が2階建、両翼が平屋で、左右対称をなし、昭和初期に駅舎中央正面についた大時計がシンボルとなり、仙台空襲で焼失するまで駅舎は仙台の顔だった。

駅開業後は、ホテルや旅館、飲食店、運送業、土産物店などが駅前や周辺に集まり、昭和に入って夜はビールなどの広告ネオンが輝いた。昭和戦前期の駅前には、タクシーや人力車が並び、宮城電鉄(大正14年開業)や国鉄仙山線(昭和4年に愛子まで開通)、駅前から発着する市電(大正15年開業)やバスの乗り換え客でも賑わい、市民のみならず、仙台を訪れる他の地域の人々にとっても、駅舎や駅前商店街はなじみで思い出に残る場所だった。

仙台には陸軍第二師団の司令部や各種部隊が置かれ、明治~昭和戦前期は、戦地へ出征する部隊や兵隊、満州事変の凱旋部隊、戦死者の遺骨帰還など、駅前はこれらの送迎の舞台でもあった(これらの写真は、【分類G-25(出征・凱旋・慰霊)】にある)。

仙台駅界隈の地図・商店配置図など(戦前)

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