分類項目 | 昭和20年代の動き |
タイトル | 森天祐堂(戦後3代目店舗) |
写真番号 | 53-10 |
場所 | 仙台市東一番丁 |
映像内容 | 店舗全体を入れて家族が記念撮影 / 「額縁の店」の看板も掲げた / 手前の道は、戦後開通した「青葉通り」(未舗装で、街路樹もまだ無い) / 左奥へ東一番丁の通り(奥が北方向) / 右は蕎麦屋 / 森天祐堂の屋根の後ろに見える煙突には藤崎(デパート)のマークが見える / 左電柱の右の看板は、「クツは岩間」「信用堂の洋菓子」「ナショナルラジオ」など / 画面右上に「東北電力」(ネオンサインか) |
撮影年代 | 1951年(S26) |
撮影年代判定根拠 | <写真提供者からの情報> |
関連情報/参考文献 | <森天祐堂> ・ 「店舗配置図 東一番丁南部(昭和32年)」 98-135 、「店舗配置図 東一番丁南部(昭和42年頃)」 98-136 ともに、東一番丁と青葉通り交差点の北東角にある ・ 写真 20-01-01 の右下が、森天祐堂(昭和26年) <信用堂> 「信用堂は、高橋庄助が菓子製パンで創業、戦後は2階を喫茶室にして、洋菓子で名を高めた / その後、信用堂ビルには全国民芸品収集で知られる「せんだーど光原社」、「びーどろ屋」、「マダムグレコ」などがファッション感覚の店づくりをしている」(「番丁詳伝」P212) |
備考 | 撮影)森権五郎 <参照> 当サイト内「仙台よみとき用語年表」でキーワード「森天祐堂」で検索 |
カラー/モノクロ | モノクロ |
分類内の通し番号 | 26 |
画像ファイル名 | sendai12128 |