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カフェ「金の星」の楽団
カフェ「金の星」の楽団

分類項目 市民の楽しみ 
タイトル カフェ「金の星」の楽団 
写真番号 44-76 
場所 仙台市東一番丁
映像内容 カフェ「金の星」は三越の近く(南)にあった →  22-53 / 楽団は主に、店で働く女性たちで編成されていた / 時々、東一番丁の通りや三越で演奏するなど、当時(戦前)の仙台では良く知られた楽団だった / 左から3人目(クラリネット)は、女給ナンバーワンと言われた「玲子さん」 / 「金の星」は昭和16年の火災で廃業 
/ 【「番丁詳伝」P111】北海道出身で、宮城県議、仙台市議も務めた清水源太郎が日支事変(日中事変)のころ、仙台一といわれた「金の星」の女給たちで音楽隊を編成し、大陸へ自ら団長となり、前線兵士を慰問(関連情報欄参照) 
撮影年代 1941年(S16)以前 
撮影年代判定根拠 昭和16年に火災で閉店
関連情報/参考文献 【河北新報、昭和41年シリーズ企画記事「東一番丁」】 昭和11年10月、河北新報主催「麗人同乗のシボレー県下南北早回り競争」で、赤組は「金の星」の玲子とミチル、白組は「エー・ワン」(国分町)のすみ子とたき子だった

【「重訂 宮城県郷土史年表」P465】 第二師団郷土演芸慰問団三十名(宮城・福島・新潟三県)は清水源太郎を団長として出発し、郷土師団駐屯の支那各地を歴訪慰問す(14年2月14日帰仙) / 清水氏は「金の星」経営者
<参考> 清水源太郎の経歴は、「番丁詳伝」P111に記載あり
備考 <伊庭(いば)きささん 「昭和10年頃、金の星楽団の記憶」> 
「金の星は、お酒が出るキャバレーみたいなところで高級なお店でした。/ 「金の星」の楽団は、たまに、三越5階の催し物会場で演奏していました。 ジャズだったでしょうか。 女給ナンバー・ワンの「れいこさん」はクラリネットを吹いていましたが、ボブカット、ハイカラで洋服を着ていました。」
   
「金の星アンサンブル」(楽団)の皇軍慰問団の写真→ 【「思い出のアルバム仙台」(カルダイ社 1980年刊)P144】 
カラー/モノクロ モノクロ 
分類内の通し番号 17 
画像ファイル名 sendai9071 
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