G-6 戦時体験(銃後のくらし) | O.M. さん
時代 |
昭和12年~17年 |
関連する写真番号 |
29-07 |
<仙台商業>
私は上杉小学校と勝山公園の間にあった仙台商業に通学していました。 写真中央上部にある白っぽい建物は、東通用門入ってすぐの所にある東実践室でした。 この中に銀行のカウンターや窓口があり、教科書で学べない実際の取引を学んだのです。
<生徒の制服もカーキ色に>
当時は五年制でしたが、(写真では)帽子に白い覆いがあるので6~9月のものと思います。 このころは、冬服は黒、夏服は紺の霜降りでした。 昭和12年頃からは陸軍の軍服と同色になり、14年頃からは、帽子も戦闘帽型に変わりました。
<戦時中の勤労動員>
昭和15年頃からは実践室もあまり使われなくなり、私たちは木炭の生産や田植えなどの手伝いに出向き、玉浦の飛行場の整備などにもゆきました。
29-07 | 軍事教練(仙台商業学校生)(3)
参考 |
【写真説明】
29-07 は、昭和7~8年頃撮影
編者注: 昭和12年日中全面戦争開始以降は、全国から青年男子が次々と戦地に出征、太平洋戦争末期には、老人と子ども以外の男子は徴兵や徴用で根こそぎ動員された。 その労働力不足を補うため、昭和13年から始まった児童生徒学生たちの勤労動員が徐々に拡大された。 戦争末期には昭和20年3月の「決戦教育措置要綱」により、国民学校初等科以外の生徒・学生の授業を停止し、学徒勤労総動員体制がとられた。 |
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情報提供者 |
O.M. |
性別 |
男 |
生年 |
1924年(T13) |
住所 |
泉区 |
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ID |
213 |
分類 |
G-6 戦時体験(銃後のくらし) |
サブ番号 |
4 |