【解説】A-05-06  南町通り

南町通りは、戦前の仙台市では市中心部を東西に貫くもっとも広い幹線道路で、大正15年11月には、仙台初の市電が、「仙台駅前」から南町通りを経由し、大橋や川内の第二師団への入口である「大町一丁目」まで開通した。

昭和8年1月には、「満州事変」で「武勲」をたてた第二師団が仙台に帰還し、市民の熱狂的な歓迎の中を仙台駅から南町通りを「凱旋行進」。 「凱旋」を記念して、昭和8年1月市会の決議により、当時の師団長の名を冠した「多門通り」と改名された。

昭和20年7月の仙台空襲では、南町通り一帯も焼失し壊滅的な被害を受けた。 戦後は「南町通り」に復名。 仙台市電は昭和51年3月末に廃止された。

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