【解説】A-04-05  国分町・南町

藩政時代から「奥羽街道」として仙台を南北に貫く幹線道だった。大町通りと交差する「芭蕉の辻」付近は、城下一の繁華街で、明治時代も国分町は仙台の商いの中心地だった。

戦前期は、芭蕉の辻を境に北が「国分町」、南が「南町」だったが、現在(1996年)は、北四番丁角から南町通り角まで全体が「国分町通り」である。

なお、「芭蕉の辻」の写真は、【A-03】に分類した。

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