【解説】A-03 芭蕉の辻

【分類A-03】の写真は、大部分が明治~昭和戦前期の撮影で、戦後は1枚(昭和26年)のみ。

「芭蕉の辻」は、藩政時代から商人町の中心として栄えた国分町(奥羽街道)と、青葉城大手門へ通じる大橋へむかう大町の通りが交わる交差点で、明治時代までは仙台で最も繁華だった場所。辻の四隅に建つ城櫓風の建物(商家)が城下仙台のシンボル的な景観だったが、明治半ばに三隅(北東角、南西角、南東角)を焼失した。

その後は、残る北西角の城櫓風建物と、向いあう北東角の洋館(明治36年竣工のドイツルネッサンス式純洋風建築、七十七銀行本店)が、仙台の代表的な景観の1つとして絵葉書やアマチュア写真の対象となったが、いずれも昭和20年7月の仙台空襲で周辺一帯と共に灰燼に帰した。

芭蕉の辻に通じる国分町と大町の商店街は、大正時代以降は土蔵造りの間に徐々にビルが点在するようになったが、残された多くの写真は、都市景観の変遷を知る貴重な映像資料といえる。

「芭蕉の辻」写真の撮影年代判定要素

写真分類「A-03 芭蕉の辻」には、明治初期~昭和20年代の「芭蕉の辻」の絵図や写真が計28枚あるが、写真に写る諸要素(建物、電柱、街灯、市電、ポスト、辻標柱などの有無や形の変化など、計25要素)を組み合わせると、各写真の撮影年代をある程度絞り込むことができる。

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