分類項目 |
七夕(戦前) 飾り物(1) |
タイトル |
七夕祭 大正3年頃 (新国町) |
写真番号 |
99-032 |
場所 |
仙台市新国町 |
映像内容 |
絵葉書「(仙臺名物) 七夕祭之光景」 / 新国町は、明治35年6月に国分町と東一番丁の間に新設された横丁で、道幅は9尺(約2.7m) / 地権者が土地を出し合ってつくられた / 洋服姿はなし、履物は下駄、左下に乳母車 / 突き当りの通りは、東一番丁か国分町か不明 / 電柱の腕木は4本 / 新国町は昭和8年、仙集館付近から出火した火災で大半を焼失し、復興の際、東一振興会が中心になって、新しい町名を懸賞募集し「日の出横丁」と名付けられた →関連情報欄(1) / 右下に、「○権○堂 中○榮助」と読めるが、開通当時にはこういう名前の商店は無い →関連情報欄(2) / (○は字が不鮮明で読み取れない) |
撮影年代 |
明治末期~1916年(T5)の間 |
撮影年代判定根拠 |
絵葉書受取人の住所から(受取人の福島市在住が大正3~5年頃) → 撮影はその数年前から可能性あり |
関連情報/参考文献 |
(1) 【「重訂 宮城県郷土史年表」P325】、【「東一番丁物語」P120】、【「番丁詳伝」P80】 / (2)【「東一番丁物語」P101】 / 仙台市名家及実業家一覧図(明治34年地図)では、新国町の所に細い道があり、シンヨコ丁と書かれているようだ。開通間際だったのか? |
備考 |
<参照> 当サイト内「市民の思い出・時代の記憶集」の分類項目「E-1 仙台七夕」 |
カラー/モノクロ |
モノクロ |
分類内の通し番号 |
1 |
画像ファイル名 |
sendai7001 |