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空襲焼け跡整理に進駐軍が出動
空襲焼け跡整理に進駐軍が出動

分類項目 米軍占領下の仙台 
タイトル 空襲焼け跡整理に進駐軍が出動 
写真番号 63-05 
場所 仙台市
映像内容 (毎日新聞の発行物の掲載写真) / 米軍の作業を取り巻いて(ブルドーザーの威力を)見つめる市民や子ども(女性もいる) / 場所は、仙台駅前 / 鉄塔があるので、ブルドーザーの位置は、駅前広場北西角の佐藤物産店だったあたり / 仙台空襲で丸焼けになった焼け跡にすでにバラックが建っている(真ん中の平屋は急ごしらえの仙台駅舎か?) / 右の3階建てビルは鉄道管理局(駅前広場の南側)→写真 91-05 の右上の建物と同じ
撮影年代 <毎日キャプション> 1945年(S20)9月 →疑問 
撮影年代判定根拠 <撮影日に疑問> 米軍の仙台進駐は1945年(昭和20)年9月16日 / 9月は進駐間もない時期だが、女性にも警戒感がないのは不可思議?(関連情報欄参照) / 撮影時期はもう少し後ではないか?
関連情報/参考文献 【仙台駅百年史年表P224】 昭和20年8月上旬に木造バラックの仙台駅待合室が急ごしらえで建設された。

<進駐米軍への警戒心> → 【「仙台市史 特別編4 市民生活 占領軍とキャンプ」P326~327】 「米軍進駐当初、警察は女性の夜間外出を禁止、市役所女子職員の退庁時間を16時に早め、駐屯地域では9月下旬まで女子児童・生徒の授業が中止された」
【「昭和史とともに 仙台市電 その50年」P188】 「1944年(S19)9月15日、仙台市電、市バス、女子車掌の勤務を一時休止し、自宅待機とする」(編者注:9月16日より、進駐軍仙台進駐開始)
備考 <参照> 当サイト内「仙台よみとき用語年表」の項目「進駐軍(米軍)」、項目「駐留軍(米軍)」 
カラー/モノクロ モノクロ 
分類内の通し番号 29 
画像ファイル名 sendai12068 
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