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仙台に進駐したばかりの米兵が市内を歩く
仙台に進駐したばかりの米兵が市内を歩く

分類項目 米軍占領下の仙台 
タイトル 仙台に進駐したばかりの米兵が市内を歩く 
写真番号 63-03 
場所 仙台市
映像内容 (毎日新聞の発行物の掲載写真)<毎日のキャプション>「仙台には第11空挺師団が9月16日から進駐開始、(陸軍)幼年学校、尚絅女学院、安田生命、富国生命、日銀の各支店を宿舎として接収、拳銃を携帯して外出する米兵(9月18日)
/ <疑問> 日銀仙台支店(芭蕉の辻)は外壁の一部を残して焼失している筈(写真 55-7735-1353-74 ) / 進駐3日目で日本人(大人、子ども)に警戒感がみえないのが不思議
撮影年代 <毎日キャプション> 1945年(S20)9月18日 →疑問 
撮影年代判定根拠 <撮影日に疑問> 9月半ばに進駐したばかりの米兵に、日本人が(大人、子どもともに)警戒感が見られないので、撮影日は疑問(関連情報欄参照) / あるいは報道用の作為的な写真か?
関連情報/参考文献 (未確認情報)北一番丁・中杉山通り角の家で、三菱商事仙台支店長の社宅か? 奥は針生旅館? 簡易保険局の東南角より撮る?

<進駐米軍への警戒心> → 【「仙台市史 特別編4 市民生活 占領軍とキャンプ」P326~327】 「米軍進駐当初、警察は女性の夜間外出を禁止、市役所女子職員の退庁時間を16時に早め、駐屯地域では9月下旬まで女子児童・生徒の授業が中止された」
【「昭和史とともに 仙台市電 その50年」P188】 「1944年(S19)9月15日、仙台市電、市バス、女子車掌の勤務を一時休止し、自宅待機とする」(編者注:9月16日より、進駐軍仙台進駐開始)
備考 <参照> 当サイト内「仙台よみとき用語年表」の項目「進駐軍(米軍)」、項目「駐留軍(米軍)」

<泉区・名幡ふき子さん(大正13年生まれ)の記憶 「女性たちは進駐軍を恐れた」> 「進駐軍がくると、女は犯されると思い、坊主頭になったり黒い服を着たりした。」

<伊庭さきさんの記憶> 「戦中は、窓や戸に鍵をかけていなかった。戦後、進駐軍がきてから鍵をかけるようになった。」 
カラー/モノクロ モノクロ 
分類内の通し番号 28 
画像ファイル名 sendai12067 
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