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二十人町 (行き交う人たち)
二十人町 (行き交う人たち)

分類項目 二十人町 
タイトル 二十人町 (行き交う人たち) 
写真番号 34-05 
場所 仙台市二十人町
映像内容 久保田多利治さんが自分の店の中から撮影 / 町を歩く人の姿から、当時の様子がわかる / 荷を背負う人、荷を曳く馬、はやりの柄を着たご婦人、帽子をかぶった女の子 / 仙台駅東部にある二十人町(商店街)は、駅から歩兵第4連隊に通じる道で、兵隊さんもお客さんだった / 兵隊さんや近くにあった片倉製糸の女工さんたちに人気だったのは、大福モチ、ダンゴやうどん、そばなど
撮影年代 昭和ヒトケタ代か? 
撮影年代判定根拠 二十人町がもっとも賑わった頃 / (昭和6~7年と昭和12年4月~15年10月、16年12月~敗戦までは、第二師団が満州駐箚、満州事変、中国戦線、太平洋戦線を転戦したため、近くの歩兵第4連隊も一時帰国の時期以外は不在で、二十人町は重要な客を失ったが、それ以外の時期は兵隊さん、女工さん、近隣からの買い物客で大いに賑わった)
関連情報/参考文献 【記念誌 「わがまち.商店街50年のあゆみ」掲載の落合佐一さんの遺稿】より  「(二十人町の)狭い道路を、戦前は朝夕、追廻の野砲隊、輜重兵が馬数を揃えて宮城野原の演習場へ行き来し、日中は東部地区住民の通路として、また片倉製糸工場の女工さんたちの日用品買い出しで、夕方になれば近隣の母さんたちの夕食の準備の買い出しと一日中絶え間ない通行で、両側の商店は繁盛した。とくに冷蔵庫のない時代だったから、食事の準備の買い物での賑わいはなかなかのものだった。」

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備考 撮影)久保田多利治 
カラー/モノクロ モノクロ 
分類内の通し番号
画像ファイル名 sendai3069 
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