【解説】D-11-01  大橋

広瀬川に架かる「大橋」[98-066] は、藩政時代は仙台城(青葉城)と城下仙台を結ぶ橋。明治4年に仙台城二の丸跡に東北鎮台(明治6年仙台鎮台、明治21年に第二師団と改称)がおかれ、師団司令部 [98-084] や兵営(大隊や連隊)、青葉山上の天守台と、市内を結ぶ橋となった。

昭和20年敗戦後、師団跡には昭和31年11月までは米軍仙台キャンプ(川内地区)[63-07] 、その後は、東北大学や美術館などが立地し文教地区に姿を変えた。

撮影年代判定材料

明治22年の洪水で木橋 [98-067] が流され、第二師団の強い要請で明治25年には鉄橋 [99-104] に、その後腐食がすすみ、昭和13年9月にコンクリート橋( [99-106] 和風の勾欄・灯籠)に架け替えられ開通した。

西公園側から橋の向うに見えた青葉城大手門( [99-080] 明治以降は師団司令部の正門)は、仙台空襲(昭和20年7月)で焼失。(写真に大手門が写れば、昭和20年7月9日以前の撮影)

<参照> 当サイト内「仙台よみとき用語年表」の項目「大橋(広瀬川)」
<参照> 当サイト内「市民の思い出・時代の記憶集」の分類項目「D-1 大橋と広瀬川」
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