仙台よみとき用語年表
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一番町(旧・東一番丁)全域 一番町(旧・東一番丁) 全体  総説  一番町は南から北へ、1~4丁目まであるが、商店街としての一番町は2丁目以北で、3つの商店街で構成されている。 武家の町だった東一番丁が、明治期以降は次第に商店がつらなる繁華街となり、仙台を代表する商店街「東一番丁」となった。 1970年(S45)2月の新住居表示で、「一番町」となる。  <参照>旧町名と新住居表示実施後の新町名の対比、実施年月日は、仙台市HPの 「旧町字名(地区名)一覧表と旧・新住所対照表(五十音順)」http://www.city.sendai.jp/kosekijumin/kurashi/tetsuzuki/koseki/jisshi/hyoji/ichiran.html    
一番町(旧・東一番丁)全域 一番町(旧・東一番丁) 全体  年表 (昭和初期~平成10年)  S3.4.15、東北産業博覧会(55日間開催)にあわせ、東一番丁通りがアスファルト通りになり、街灯(スズラン灯)がつく、ただし、三区域ごとに独自の形 / S4.1.6、市庁舎新築落成 / S6.9.10、県庁舎竣工 / S20.7.10、仙台空襲で、東一番丁一帯も壊滅的被害 / S20.12、仙台駅前「闇市場」、東一番丁に移転 / S20.12.25、東一番丁歳の市復活、出店500軒 / S21.8、東一番丁に戻ったバラック店舗52軒がいっせいに七夕飾りをかかげる / S21.8.15、3夜連続で復興盆踊り開催(東一が全市に先駆け) / S22.4.17~4.18、さくらまつり開催(新憲法施行記念の仮装行列) / S22.8.5~8.7、市内各商店街、戦後初の七夕まつり(8.5には昭和天皇仙台巡幸を七夕飾りで歓迎)  / S22、戦後のスズラン灯建つ / S28、アーケード設置を前に電柱撤去(南町通り角~定禅寺通り角、838m)/ 東北初のアーケード完成(北部は S29.7、中央部S29.1.14、南部=大通りはS29.12.11) / S29.12.12、アーケード完成祝賀仮装行列 / S34.3.4、青葉通りが全線開通 / S36.5.12、ネオンアーチ完成 / S40.12.8、夢のカラー歩道完成(定禅寺通り~南町通りまでの1.5キロ、乳白色の人造大理石にグリーンのアクセサリー) / S41.7.15~7.17、東一番丁百年祭を祝う(藩祖政宗公生誕400年を記念して) / S42.1.25、定禅寺通り、広瀬通りが全線開通(東一番丁付近完成はS29.4) / S45.2.1、住居表示変更(東一番丁 → 一番町) / S45.10.10~、歩行者天国実施(土日祝、320店) / S47年、歩行者天国を全面実施 / S51.3.31、仙台市電廃止 / S52.12.3~25、全面歩行者天国(午後0時~6時) / S53.6.12、宮城県沖地震 / S54.1.20、東一番丁通りが通行禁煙となる / S54、東一番丁通りが歩行者専用道路となる / S54.7,東一番丁通りカラー煉瓦に化粧 / S61.12、光のページェント始まる / S62.7.15、地下鉄南北線開通(勾当台駅できる)   各商店街の年表は、「東一番丁連合会創立五十周年」(平成10年発行)のP8~9の「年表」による/「仙台市史 年表」P127、P128、P131、P134/「仙台市史10 年表」P311/「仙台市史 年表」P215/「重訂 宮城県郷土史年表」P571/「続・ 宮城県郷土史年表」P91、P98/電柱撤去は、「番丁詳伝」P166  61-16(S3,スズラン灯がついた東一番丁)、35-14(空襲被害)、53-08 (天皇巡行)、47-05 (東一番丁百年祭)22-58 (歩行者天国)など、写真分類A-02(東一番丁)の全写真 
一番町(旧・東一番丁)全域 一番町(旧・東一番丁) 全体  商店街組織  S23.2.20、東一連合会発足 / H10.11.11、東一連合会、50周年記念式典開催(記念誌発行)  各商店街の年表は、「東一番丁連合会創立五十周年」(平成10年発行)のP8~9の「年表」による   
一番町(旧・東一番丁)北部 一番町四丁目買物公園  概要(平成20年頃)  定禅寺通角~広瀬通角間の商店街(アーケード街)

 道の両脇にのみアーケードがかかり、晴れた日には太陽光が直に差し込み、青空を望める明るい雰囲気となる / 降雨時の開口部からの横雨の入りを少なくするため、アーケードの高さは「1階分+看板分」程度の高さになっており、他のアーケード街と比べると低い / この街区と交差する定禅寺通の西洋風煉瓦造りの中央緑地帯の雰囲気にあわせ、旧車道部の舗装は石畳、旧歩道部は煉瓦風カラー舗装となっている

 冬季には、旧車道の開口部に豆電球のイルミネーション装飾をいくつも渡し、日没後は北欧の街路のような雰囲気となる / 1982年(S57)から2003年(H15)7月まで、「水時計」と呼ばれる落水で動くからくり時計が街区の南東端に設置されていた 
Wikipedia「一番町」(仙台市)(2020年6月)より要約   
一番町(旧・東一番丁)北部 一番町四丁目買物公園  年表 (昭和初期~平成10年)  S5、市立病院開院(S14.11.19、改築落成) →S55、清水小路に移転 / S6.1、森徳座焼失(仙台映画大全集) / S8.4.1、三越出店 / S29.7、第1代アーケード完成 /S38.11.1、三越、新館新装開店(地上7階、地下2階、屋上に3階の塔屋あり、S36.9~増改築工事) / S45.12.2、北振会アーケード改築完成(2代目) / S46、中央会アーケード改築完成(2代目) / S57.10.2、四丁目商店街「アーケードのある買物公園」完成(透明なアーケード、噴水式モニュメント、約70本の街路樹) / S58.10.6、記念誌「風雪三十年」完成 / S60.7.13、北の入口に「もみの木」植樹(光のページェントの原点) / S62.3.21、141(イチヨンイチ)が開店 / H4.10.25、三越増改築開店  「東一番丁連合会創立五十周年」(平成10年発行)のP8~9/「仙台市史 年表」P133/「続・ 宮城県郷土史年表」P151、P152  61-1622-5318-1699-014など写真分類A-02-01(東一北部)の全写真 
一番町(旧・東一番丁)北部 一番町四丁目買物公園  商店街組織  「北振会」の名称は戦前から使われてぃた / S26.1.1、北振会発足(S28.7、仙台東一北振繁華街協同組合設立認可) / S38.8.9、「仙台東一北振繁華街協同組合」を「仙台東一北振商店街振興組合」に改組 / S54、「仙台東一北振商店街振興組合」が「東一中央会」を吸収(北振会は森徳横丁以北、中央会は森徳横丁~広瀬通り間) / S55.6.16、「東一北振商店街振興組合」を「一番町四丁目商店街振興組合」に改称  「東一番丁連合会創立五十周年」(平成10年発行)のP8~9   
一番町(旧・東一番丁)中央部 一番町一番街商店街「ぶらんど~む一番町」  概要(平成20年頃)  広瀬通り角と中央通り角の間、一番町三丁目にあるアーケード街

 1993年(H5)、高さ19.5mの高層アーケードに建て替えられた / この新アーケードは、旧車道部の上を覆う中央ドーム部が5階建て程度、両脇の旧歩道部の上が4階建て程度の高さになっており、ミラノのヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアを模した 
Wikipedia「一番町」(仙台市)(2020年6月)より抜粋   
一番町(旧・東一番丁)中央部 一番町一番街商店街「ぶらんど~む一番町」  年表 (昭和初期~平成10年)  S8.1.20、仙集館(活動写真館)付近焼ける / S29.1.14、第1代アーケード完成 (「仙台年表」P229) /S47、一番街アーケード改築 / S50.5.2、ジャスコ開店(一番街) / S54.9.1、「一番街買物公園」完成、街路樹・ストリートファニチャーを設置 / S59.11.1、ジャスコがフォーラムに業態変更(テナント大幅入替え)し開店 / H5.7、一番街アーケード完成   「東一番丁連合会創立五十周年」(平成10年発行)のP8~9/「仙台市史 年表」P131/「仙台年表」P229/「重訂 宮城県郷土史年表」P571  20-4399-01620-4120-4299-01822-58など写真分類A-02-02(東一中央部)の全写真 
一番町(旧・東一番丁)中央部 一番町一番街商店街「ぶらんど~む一番町」  商店街組織  大町角(中央通り角)以北の東一番丁は、戦前から「東一振興会」の名称が使われていたことが、[写真49-04]で確認できる / S29、「東一振興会」を「東一一番街」に改称 (ただし、[写真77-02](S31)ではまだ「東一振興会」の字が確認できる) / S45.7.27、一番町一番街商店街振興組合設立  「東一番丁連合会創立五十周年」(平成10年発行)のP8~9  49-0477-02 
一番町(旧・東一番丁)南部 サンモール一番町商店街  概要(平成20年頃)  中央通り角から南町通角の間のアーケード街 / 一番町二丁目、および三丁目の一部に跨る

 現在のアーケードは1986年(S61年)に設置された高さ13.7mのもので、当時は日本で最も高さのあるアーケードであった / 天井付近に仕掛け時計が設置されており、時間になると人形が動く / 「文化横丁」や「壱弐参(いろは)横丁」などの横丁がある 
Wikipedia「一番町」(仙台市)(2020年6月)より抜粋   
一番町(旧・東一番丁)南部 サンモール一番町商店街  年表 (明治期~平成10年)  M30.2.11、藤崎が東一番丁に進出 / T14.12、大映文化シネマがオープン / S23.2.20、東一番丁に昼火事あり、東一中央市場と南松竹映画全焼 / S29.12.2、第1代アーケード完成 /S50.11.20、大通りアーケード改築完成、藤崎以南にクリスタル製シャンデリア点灯 / S52、大通りアーケード改築 / S53、大通り30周年記念行事 / S61.11.29、電動式全蓋(ドーム型)アーケード完成 / H9.11.19、藤崎アネックス開店  「東一番丁連合会創立五十周年」(平成10年発行)のP8~9/「仙台市史 年表」P115、134、218 / 「重訂 宮城県郷土史年表」P525、P526、P575  20-4522-5522-5953-11720-01-0164-03など写真分類A-02-03(東一南部)の全写真 
一番町(旧・東一番丁)南部 サンモール一番町商店街  商店街組織  S23.4、一番町大通り親和会発足  S57.11.8、「一番町大通り商店街振興組合」設立 / H2.5.28、「一番町大通り商店街振興組合」を「サンモール一番町商店街振興組合」に改称 / H3.8.6、ドイツ・ハンブルグ「ハンブルガーシュトラーゼ」と姉妹商店街提携調印  「東一番丁連合会創立五十周年」(平成10年発行)のP8~9/「続・ 宮城県郷土史年表」P47、P269   
街灯(東一番丁北部) 戦前 5灯型  1928年(S3)~1945年(S20)  東一番丁通り北部(立町角以北)の街灯

戦前>
* 1928年(S3)、東北産業博開催にあわせ新たに設置 / 通称「スズラン灯」(1基5灯型、電球の傘が筒型) 
* 仙台空襲(S20年7月)で焼失
・ [写真22-51](三越付近)、 99-052 (栄亭付近)、 99-037 (富士屋洋品店付近)など  
  61-1622-5153-3453-1353-2399-04199-052 
街灯(東一番丁北部 戦後 3灯型  1947年(S22)~1954年(S29)  戦後>
* 1947年(S22)、戦後のスズラン灯建つ(「仙台年表」P217)
・ 戦前に「番街」の名物であったスズラン灯に似せて、戦後は1基3灯型(三灯銀白色柱) 
・ 同じスズラン灯の形であったが、立町通(広瀬通)角以北と、立町通(広瀬通り)角~大町通(中央通)角では、デザインに違いがあり、街の特色を出す試みがなされている

* 1954年(S29)にアーケード設置のため撤去 
「番丁詳伝」P166/「仙台年表」P217(河北新報 S29.7.28)  16-3816-3916-4018-16 
街灯(東一番丁中央部) 戦前 5灯型  1928年(S3)~1945年(S20)  東一番丁中央部(立町通角~大町通角の間)の街灯

戦前>
* 1928年(S3)、東北産業博開催にあわせ新たに設置 
・ 東一番丁通り中央部(立町通角~大町通角の間)の「スズラン灯」は1基5灯型(電球が球形と釣鐘型がある)

* 仙台空襲(S20年7月)で焼失 
  99-018、、61-1111-03、/傘が釣鐘型は、20-2544-6899-037 
街灯(東一番丁中央部) 戦後 3灯型  1947年(S22)~1954年(S29)  戦後> 
* 1947年(S22)、街灯が復活(1基3灯型)
・ 戦前に「番街」の名物でもあったスズラン灯に似せて、戦後は1基3灯型(三灯銀白色柱)を取りつけた
・ 同じスズラン灯型であったが、広瀬通角(立町通)以北と、広瀬通り角~大町通角間では、デザインに違いがあり、街の特色を出す試みがなされている

* 1954年(S29)、アーケード設置のため撤去 
「仙台年表」P217(河北新報 S29.7.28)  16-4116-4318-12 
街灯(東一番丁南部) 戦前 4灯型  設置年不詳~1945年(S20)
 
東一番丁南部(旧大通り地区=大町通角~南町通角の間)の街灯

戦前> 
* 設置年不詳(ただし、S7年の絵葉書(20-37 藤崎西館完成記念)では、1季灯型の街灯が写る)
・ 同じ東一番丁のスズラン灯でも、中央通(大町通)角を境に街灯の形が違った
・ 大町角以南の通称「大通り」は統一され、4灯タイプ(上1、下3)で、「わかもと」の遠景の宣伝看板がついていた

* 仙台空襲(S20年7月)で焼失 
  20-3720-4522-5553-3822-5999-009、夜景は99-01952-01 
街灯(東一番丁南部 戦後 3灯型  1947年(S22)?~1954年(S29)  戦後>
* 1947年(S22)?、街灯が復活(1基3灯型)
* 1954年(S29)、アーケード設置のため撤去 
「仙台年表」P217(河北新報 S29.7.28)  16-4298-01355-0455-0320-01-0118-3418-0418-08 
街灯(東一番丁・南町通角以南) 戦前 5灯型  設置年不詳~1945年(S20)  戦前>
* 設置年不詳
・ 1基5灯のスズラン灯は東一番丁(立町角以北)のとよく似ているが、上部アームのデザインが異なる
* 仙台空襲(S20年7月)で焼失
 
  53-89 
西本願寺別院(東一番丁) 落成~移転  1883年(M16)~1954年(S29)  1883年(M16)、仙台区東一番丁に本堂落成
1910年(M43)、洋風の本堂が落成
1945年(S20)7月、仙台空襲により本堂など焼失
1954年(S29)、仙台市元常盤町(現・仙台市青葉区支倉町)に移転 
Wikipedia「西本願寺」 (出典: 「本願寺仙台別院 沿革」)/参考「東一番丁物語」(柴田量平著)P205~206によれば、最初の本堂落成は、M15年   
東一番丁(商店街)     → 項目「一番町(旧・東一番丁)」参照     
東一番丁大火   1933年(S8)  * 1933年(S8)3月20日早暁、東一番丁の活動写真館仙集館付近より出火し、52戸を焼く  「重訂 宮城県郷土史年表」P434   
東一番丁百年祭大仮装行列 開催  1966年(S41)  * 1966年(S41)7月15日~17日、開催
・ 武家の町だった東一番丁が、明治維新後に商業の町として一歩を踏み出して一世紀になるのを記念して開催された
・ またS41年は、藩祖政宗公生誕(永禄10年=1567年)から400年目にあたる
・ 大仮装行列は、東一番丁の商店主たちが藩政時代から現代までの歴史を、仮装で表した 
東一番丁創立五十周年」P9の「連合会の歴史」欄/東一番丁の粟村寅之助氏談/「市民の戦後史」P185/「重訂 宮城県郷土史年表」P626  47-0147-0247-0347-0447-05 
ひらつか(東一番丁) 開店  1949年(S24)  ・ 戦後まもなくは、進駐軍関係者専用のレストランとフードマーケットを経営
・ 昭和26年の絵葉書(写真20-01-01)で、「ひらつか」は表示塔に「ON LIMITS RESTAURANT」とあるように、進駐軍専用のフードマーケット(1階)とレストラン(2階)だった
・ 昭和28年からは、パン・洋菓子販売と日本人むけに喫茶・レストランを経営した 
昭和26年発売の絵葉書20-01-01の内容から  20-01-0122-0758-0158-03 
ひらつか(東一番丁) 焼失  1960年(S35)  ひらつかは、S35年暮れの火事で焼失 / その後再建     
歩行者天国(東一番丁)   1970年(S45)/1972年(S47)/1977年(S52)/1979年(S54)  * 1970年(S45)10月10日から、東一番丁通り、土・日・祝日の歩行者天国始まる
* 1972年(S47)、歩行者天国を全面実施
* 1977年(S52)12月3日~25日、全面歩行者天国(午後0時~6時)
* 1979年(S54)、東一番丁通りが歩行者専用道路となる 
「東一番丁連合会 創立五十周年」記念誌P9/「仙台市史 年表」P127、P128、P131  22-58 

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一番町(旧・東一番丁)中央部
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青年団
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仙台電報局
仙台東部道路
仙台東宝劇場
仙台トラック輸送センター
仙台南部道路
仙台西道路
仙台の裁判所
仙台バイパス
SENDAI光のページェント
仙台美術館
仙台フィルハーモニー管弦楽団
仙台復興祭グランドフェア
仙台物産陳列所
仙台北部道路
仙台ホテル
仙台陸奥館
仙台郵便貯金会館
仙台臨海鉄道
戦没者慰霊
創価学会会館
総進軍大会
体育館
大学・短大
大学紛争
大政翼賛会/新体制/公会/報国会
大東亜共栄圏
大東亜新秩序
第二高等学校(旧制)
第二師団
第二師団(出兵記録)
第二師団凱旋記念満蒙軍事博覧会
第十三師団
第三十三師団
第四十二師団
大日本国防婦人会
大日本婦人会
大日本連合婦人会
台原森林公園
台風被害(戦後)
多賀城跡
高橋是清
タクシー
竹槍訓練
谷風の墓所
多門師団凱旋
多門通り
男女共学
地価狂乱(バブル)
ちびっこ広場
中等教育学校(旧制)
駐留軍(米軍)
彫刻のあるまちづくり事業
鳥獣特別保護区
朝鮮館
朝鮮戦争
樗牛瞑想の松
チリ地震津波
榴ケ岡公園
ツルヤ洋菓子店とカフェ・クレーン
デイケアー
貞山運河
逓信関連
停電
出稼ぎ者相談所
テレトピア構想
テレビアンラジオ
テレフォンカード
電気開始(仙台)
電球
電信開始(仙台)
伝染病流行
伝統町名保存
天皇、仙台行幸
電力ホール
電話開始(仙台)
電話
土井晩翠
東亜新秩序
東一マーケットと中央マーケット
洞雲寺
灯火管制
東京オリンピック(昭和)
東照宮(仙台)
東部復興道路
同胞援護会
東邦生命ビル
東北学院
東北産業博覧会
東北自動車道
東北新幹線
東北振興/農村更生
東北大学
東北大学病院
東北鎮台 →仙台鎮台 →第二師団
東北帝国大学
東北帝国大学医学部附属病院
東北電力
東北本線
東北楽天ゴールデンイーグルス
東北歴史資料館
東北六魂祭
東北絆まつり
特別調達庁
都市型CATV
特急はつかり
特急ひばり
トラックターミナル
仲の瀬橋(広瀬川)
長町駅
奈良原式鳳号
西内楽器店
西公園(桜ケ岡公園)
西本願寺別院(東一番丁)
二十人町
日米野球
ニッカウイスキー工場
日本銀行
日本生命館
日本鉄道
ネオンサイン
年賀郵便
年中行事(まつり)
乗合馬車
バカンス(流行語)
爆弾三勇士の歌
博覧会・フェア
芭蕉の辻の交番
芭蕉の辻商館
芭蕉の辻の城櫓風建物
芭蕉の辻の洋館
バス
バスプール
バス優先レーン
支倉常長(記念碑/銅像)
発電事業
パテー館
針久旅館支店(仙台駅前)
藩祖政宗公三百年祭
藩祖政宗公の記念祭
東一番丁
東一番丁大火
東一番丁百年祭大仮装行列
東二番丁尋常小学校
東二番丁通り
東日本大震災
光ヶ丘天使園
飛行船「雄飛号」
飛行大会
ひとにやさしいまちづくり条例
ヒトラーユーゲント一行が来県
日乃出映画劇場
ひらつか(東一番丁)
ビル建設
広瀬川の清流を守る条例
広瀬通り
広瀬橋(広瀬川)
プール
フェリー
俯瞰撮影禁止など
福祉ボランティアのまちづくり事業
富国生命館
藤崎
フジビール
婦人標準服
物価上昇
二日町大火
復興盆踊り
仏舎利塔
ブラザー軒
浮浪者
文化キネマ/文化劇場/仙台松竹映画劇場
文化勲章
文化財指定(平成年間)
文化横丁
兵役制度
米軍進駐
ベガルタ仙台
ペデストリアンデッキ
ヘレンケラー女史
奉安殿
防空演習
ポケットベル
歩行者天国(東一番丁)
ホテル
歩兵第4連隊
歩兵第104連隊
政宗卿騎馬像
政宗卿平服像
松島座/パテー館/仙台日活館/仙台日活劇場
松永正敏中将
松原街道
マナスル登頂成功
丸光
満年齢
満蒙開拓
右側通行
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三越(仙台支店)
緑と花いっぱい運動
緑の団地条例(仙台市)
南町大火
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