仙台よみとき用語年表
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アーケード 一番町四丁目買物公園  1954年(S29)ほか  「四丁目買物公園」は、一番町商店街のうち、一番北の「定禅寺通り角から広瀬通り角まで」
 
<第1代以前>
* 1953年(S28)?、「ズック布張り」のアーケードが、三越~森徳横丁角の東一番丁東側のみに完成
 
<第1代>
* 1954年(S29)7月、第1代アーケード完成
* 同年12月11日、南町通り角までを含めた東一番丁通り全体に統一デザインの第1代アーケードが完成(東北初の商店街アーケードだった) 奥行4.5m、屋根は一部可動式、銀色柱、ジュラルミン製、天井に蛍光灯(第1代の特徴は、天井の蛍光灯が道路に対し直角) 
* 翌12月12日、完成祝賀仮装行列挙行
  
<第2代>
* 1970年(S45)12月2日、北振会(森徳横丁角以北)アーケード改築完成
* 1971年(S46)、中央会(森徳横丁角~広瀬通り角)のアーケード改築完成

<第3代>
* 1982年(S57)10月2日、四丁目商店街「アーケードのある買物公園」完成(透明なアーケード、約70本の街路樹) 
「番丁詳伝」P178~179 /「東一番丁連合会 創立五十周年」記念誌P9~10  <第1代>は、99-01422-61 / 第1代完成祝賀仮装行列は、51-0151-02 
アーケード 一番町一番街商店街「ぶらんど~む一番町」  1954年(S29)ほか  「一番町一番街」は、一番町商店街のうち、「広瀬通り角~中央通り(旧・大町通り)角まで」

<第1代>
* 1954年(S29)1月14日、大町通り~広瀬通り間、第1代アーケード完成  (「仙台年表」P229=出典:毎日新聞)

<第2代>
* 1972年(S47)、一番街アーケード改築
* 1979年(S54)9月1日、「一番街買物公園」完成 街路樹・ストリートファニチャーを設置 

<第3代>
* 1993年(H5)7月、一番街アーケード完成 (高さ18mの全天候型高層アーケード「ぶらんどーむ一番町」 がオープン) 
仙台年表」P229/「東一番丁連合会 創立五十周年」記念誌P9~10/「仙台市史 年表」P127、P128/「重訂 宮城県郷土史年表」P571  <第1代>は、99-01822-5818-0922-01/ 「仙台一番町一番街商店街ぶらんど~むのHP」に、第1代、第2代のアーケードの写真あり 
アーケード 一番町・サンモール一番町商店街  1954年(S29)ほか  「サンモール一番町」は、一番町商店街のうち、「中央通り(旧・大町通り)角~南町通り角まで」

<第1代>
* 1954年(S29)12月2日、第1代アーケード完成

<第2代>
* 1975年(S50)11月20日、大通りアーケード改築完成(高さ日本一)
* 1977年(S52)に大通りアーケード改築 

<第3代>
* 1986年(S61)11月29日、全蓋アーケード完成 
「重訂 宮城県郷土史年表」P575/「東一番丁連合会 創立五十周年」記念誌P9~10/「仙台市史 年表」P118/「続・ 宮城県郷土史年表」P214  <第1代>は、58-0153-11 
アーケード 旧・大町五丁目  1965年(S40)ほか  * 1965年(S40)3月、大町五丁目商店街で完成

「重訂 宮城県郷土史年表」P617では、「1964年(S39)12月10日、仙台市名掛丁・新伝馬町・大町五丁目の中央商店街にアーケード完成」

<マ-ブルロードおおまち商店街>
* 1977年(S52)7月30日、仙台市中央通り(中央二丁目振興組合、おおまち商店街)の新アーケード完成
* 1982年(S57)6月27日、マーブルロードおおまち商店街ゲート除幕式 
* 1987年(S62)、大理石舗道が完成、
* 1996年(H8)4月、2代目アーケード竣工(第3代か?) 
「仙台市史 年表」P124/「重訂 宮城県郷土史年表」P617/「続・ 宮城県郷土史年表」P70、P148/「マ-ブルロードおおまち商店街」HP   
アーケード 新伝馬町  1964年(S39)ほか  * 1964年(S39)12月10日、新伝馬町商店街アーケード完成

「重訂 宮城県郷土史年表」P617では、「1964年(S39)12月10日、仙台市名掛丁・新伝馬町・大町五丁目の中央商店街にアーケード完成」

* 1977年(S52)7月30日、仙台市中央通り(中央二丁目振興組合、おおまち商店街)の新アーケード完成
* 1991年(H3)5月、中央二丁目商店街振興組合でアーケード改築工事始まる
* 1992年(H4)、新アーケード完成、それと共に商店街名を「クリスロード商店街」と名付ける 
「仙台市史 年表」P123/「重訂 宮城県郷土史年表」P617/「続・ 宮城県郷土史年表」P70、P271/「クリスロード商店街」HP  22-30 
アーケード 名掛丁  1965年(S40)ほか  * 1965年(S40)12月、名掛丁商店街アーケード完成
「重訂 宮城県郷土史年表」P617では、「1964年(S39)12月10日、仙台市名掛丁・新伝馬町・大町五丁目の中央商店街にアーケード完成」
* 1977年(S52)7月30日、仙台市中央通り(中央二丁目振興組合、おおまち商店街)の新アーケード完成
* 1991年(H3)5月、中央二丁目商店街振興組合でアーケード改築工事始まる
* 1993年(H5)、ハピナ名掛丁の新アーケード完成 
「仙台市史 年表」P124/「重訂 宮城県郷土史年表」P617/「続・ 宮城県郷土史年表」P70、P271  22-30/アーケードがない時代は、22-29 
アート・スミスの宙返り飛行 宮城野原で公開  1916年(T5)6月14日  アメリカ人飛行士アート・スミスが宙返り飛行で話題をよび来日

仙台でもT5年6月13日、追廻練兵場で有料公開の予定となり人を集めたが雨天中止 / 翌日、宮城野原で無料公開した 
「新・目で見る仙台の歴史」P155/「仙台はじめて物語」P203  44-1444-1544-16 
RTO(仙台) 開所~廃止  1945年(S20)~1952年(S27)  米軍鉄道輸送司令部RTO(Railway Transportation Office)は米軍による日本占領時代に駐屯地の最寄駅におかれ、米軍の国鉄側に対する輸送上の要求や駅と進駐軍兵舎(キャンプ)との間の輸送連絡などが主な業務

仙台のRTOは、国鉄仙台駅の北側に隣接しておかれた
* 1945年(S20)9月20日、仙台のRTO開所(宮城、青森、岩手を管轄)
* 1946年(S21)6月21日以降は東北地方と新潟のRTOを管轄
* 1952年(S27)4月1日、廃止(国鉄の自主運行となる) 
16-22(の内容欄、関連情報欄)参照/菅家文英「生活の変わりようをみる昭和の年表」P46  16-2298-09944-52 
愛国婦人会 宮城支部創設  1901年(M34)  * 1901年(M34)12月12日、宮城支部創設、事務所を日本赤十字社宮城支部内に併置
* 1904年(M37)1月6日、愛国婦人会宮城支部などにより結成された宮城県連合婦人会が活動開始
* 1931年(S6)12月14日、宮城支部主催「満蒙婦人公演会」開催
* 1939年(S14)3月6日、愛国婦人会宮城支部に於て、婦人報国の赤誠を宣揚す
* 1941年(S16)4月1日、愛国婦人会仙台市連合会、市役所内に事務所を設ける 
「重訂 宮城県郷土史年表」P323、P467/「仙台市史 年表」P91、P92/「市史10年表」P277、P301   
愛の聖母院 設立  1950年(S25)  * 1950年(S25)2月27日、愛の聖母園(少女の町)を、カナダ在住カトリック教徒の浄財により、小田原柳沢に創立  「重訂 宮城県郷土史年表」P540   
アインシュタイン 来仙  1922年(T11)  * 1922年(T11)12月3日、アルベルト・アインシュタインが来仙、東北帝大金属材料研究所などを視察  「仙台市史 年表」P101   
青葉城 石垣損壊  1964年(S39)  * 1964年(S39)6月16日、新潟地震で、仙台は震度5、青葉城址の石垣の一部が崩れる  「重訂 宮城県郷土史年表」P614   
青葉城恋歌 全国的ヒット  1978年(S53)  * 1978年(S53)5月、佐藤宗幸の「青葉城恋歌」がレコード化
* 1978年(S53)11月22日、大ヒットし、佐藤宗幸がレコード大賞受賞
作詞:星間船一、編詩・作曲・唄:さとう宗幸 / キング・レコードから、1978年(昭和53)5月5日にさとうのメジャー・デビュー曲としてシングル発売され、同年6月1日にダークダックスもシングル発売した。さとうはこの年の「第20回日本レコード大賞・新人賞」「第7回FNS歌謡祭・最優秀新人賞」にも選ばれ、さらに『第29回NHK紅白歌合戦』にも初出場を果たした。  
「仙台市史 年表」P131/「続・ 宮城県郷土史年表」P82、P88/Wikipedia「青葉城恋歌」   
青葉城資料展示館 開館  1979年(S54)  * 1979年(S54)4月、仙台城本丸跡に開館  「仙台市史 年表」P131   
青葉神社 認可/本殿完成、鎮座祭  1874年(M7)  * 1973年(M6)、藩祖政宗公の霊を敬うため旧家臣が中心になり願い出て、M7年1月認可、M7年6月25日に県社となる
* 1874年(M7)11月11日、本殿拝殿などが完成、11月16日に鎮座祭
* 1923年(T12)、新しい本殿が落成
* 1935年(S10)、政宗公三百年祭が盛大に行われた 
「宮城県百科事典」P5~6/「仙台市史 年表」P80、P81  99-13299-133 
青葉神社 神輿渡御復活  1948年(S23)  * 1948年(S23)5月23日、春の例祭で神輿渡御が13年ぶりに行われる  「仙台市史 年表」P115   
青葉通り 概要    仙台市は、1945年(S20)7月10日の仙台空襲で広範な中心市街地を焼失したが、「青葉通り」は、戦後の仙台市戦災復興事業で、仙台駅前から焼失地域を東西に貫き大橋へつながる幹線として新たに生まれた

長さ1.5km、幅員は、仙台駅前から東二番丁角までが50m、それ以西の西公園までが36m / 開通時には車道の両端近くに2本の分離帯があったが、その後交通渋滞解消のため取り払い、中央分離帯1本にした / 1965年(S40)に1本化工事着手 
「戦災復興余話」P27~P55  14-0799-031など「仙台写真帖」A-05-05「青葉通り」の写真全部 
青葉通り(築造) 築造  1947年(S22)~1950年(S25)末  全長1.5kmの築造は、S22はじめ~S25末で完了  「戦災復興余話」P50~51   
青葉通り(築造) 用地確保で代執行  1949年(S24)~1951年(S26)  * 1949年(S24)3月~1951年(S26)年9月、駅前から東五番丁西側付近までの青葉通り予定地には、空襲跡の土地に戦後できた3つのマーケット(ヤミ市)や無届建築物が集中していたが、S24年3月~26年9月にかけ、しばしば市や県による強制代執行で取り壊され、50m幅の用地が確保された  「戦災復興余話」  98-032 
青葉通り(築造) グリーンベルト撤去開始  1965年(S40)  * 1965年(S40)10月5日、交通量激増のため青葉通りの車道の2本の側方分離帯(グリーンベルト)を撤去開始 / 新たに中央分離帯1本のみとした  「仙台駅前商店街振興組合の歩み(年表)/「仙台市史 年表」P124/「重訂 宮城県郷土史年表」P621  分離帯1本のみ、22-05 
青葉通り(舗装) 中央のみ舗装完了  1953年(S28)年末  車道の中央部分(幅9m)のみコンクリート舗装が完了  「戦災復興余話」P50~51  98-04898-03022-07 
青葉通り(舗装) 舗装完了?  1954年(S29)  青葉通りのアスファルト舗装工事が完了(車道の中央部分のみか全体か不明)  「仙台市史 年表」P118   
青葉通り(植栽) 枝垂れ柳、ケヤキを植栽  1950年(S25)~1966年(S41)  * 1950年(S25)4月3日、ケヤキ植え初め式
「東五番丁~西公園間」の両側歩道に計180本のケヤキを植えたが、このうち50本は市会議員全員により市に寄付されて東三番丁~国分町間の歩道に植えられた

* 1950年(S25)末から、しだれ柳植栽
「仙台駅前~東五番丁間」の歩道には、S25年末から100本のしだれ柳を植栽した(写真14-07)
 
* 東二番丁通りとの交差点付近の青葉通りの車道にあった分離帯(グリーンベルト)には、高麗芝を地にしてシュロなどを植えていた(写真50-01)

その後、生育が悪くなり、トウカエデを植える→その後、ケヤキに


* 1966年(S41)、青葉通りの植栽が完了 
「戦災復興余話」P51~P53/「仙台市史 年表」P116、P125

座談会「仙台 戦中戦後を語る」 
14-0718-2114-0122-17201-1150-01 
青葉まつり 開始/復活  1956年(S31)~1967年(S42)
/ 1985年(S60)~ 
* 1956年(S31)5月24~26日、第一回 / 青葉神社の例祭にあわせて開催
* 1964年(S39)5月、仙台市立第一中学校の生徒らによる「雀踊り」が登場
* 1968年(S43)から、交通事情変化などを理由に行われなくなる

* 1985年(S60)4月27日~6月2日、伊達政宗公三百五十年祭青葉まつり開催(没後350年にあたり、祭り復活)
* 1987年(S62)5月10日、青葉祭りで、藤崎デパート前と東宝ビル前に、高さ10mの山鉾を復活 
「仙台市史 年表」P119、P126、P133/「重訂 宮城県郷土史年表」P581   
青葉山 国天然記念物に  1972年(S47)7月11日  * 1972年(S47)7月11日、国の天然記念物に指定される
* 1981年(S56)10月21日、青葉山の遊歩道完成 
「仙台市史 年表」P128/「続・ 宮城県郷土史年表」P134   
青葉山公園 開設  1925年(T14)/1954年(S29)  仙台市が管理している都市公園 / 青葉山の東端から広瀬川右岸にかけての40.6haで、仙台城(青葉城)の跡地の一部やその堀であった五色沼、長沼を園内に含む

* 1925年(T14)、第二師団より大手門等を含む2,957坪を借地し、仙台市青葉山自然公園とし、大手門への出入り自由となる(「重訂 宮城県郷土史年表」P399)
* 1925年(T14)10月、仙台市が、仙台城の大手門を含む2957坪を青葉山公園として開設(「仙台市史 年表」P103)

<戦後>
* 1945年(S20)9月、連合国軍(米軍)が第二師団の敷地を接収したために青葉山公園は事実上の休園状態
* 1954年(S29)4月1日、青葉山公園が川内に開園(再開)
* 1961年(S36)月日、仙台市博物館開館(三の丸跡に)
      → 詳細は、項目「仙台市博物館」参照
* 1964年(S39)8月18日、宮城県スポーツセンターが青葉山公園内に開館(1万人収容、東北一の規模)
* 1991年(H3)月日、仙台国際センターが開館
      → 詳細は、項目「仙台国際センター」参照
* 2015年(H27)、仙台市地下鉄東西線国際センター駅開業 
「重訂 宮城県郷土史年表」P399/「仙台市史 年表」P103、P118、P123/Wikipedia「青葉山公園」(2019年6月)   
青葉山植物園 開設  1958年(S33)  * 1958年(S33)11月15日、東北大学理学部附属青葉山植物園開設~仙台城址背後の御裏林(おうらばやし)、通称青葉山と呼ばれる丘陵地~
* 1959年(S34)4月から一般公開 
「重訂 宮城県郷土史年表」P588/「仙台市史 年表」P120   
青葉山遊歩道 完成  1966年(S41)  * 1966年(S41)12月6日、広瀬川沿いの青葉山遊歩道(580m)完成  「重訂 宮城県郷土史年表」P628   
秋保電鉄 秋保石材軌道開通  1914年(T3)  * 1914年(T3)12月23日、馬車軌道で長町~湯元(後の秋保温泉)間16キロが開通 / 秋保石(凝灰岩の一種)と旅客の輸送が目的 / 箱型の客車を馬が曳いて走った  「仙台年表」P189/「仙台市史 年表」P97 /「仙台きょうはなんの日」P201  22-45 /「思い出のアルバム仙台」(カルダイ社 1980年刊)P51 
秋保電鉄 秋保電気軌道(通称、秋保電鉄)  1925年(T14)~1961年(S36)  * 1925年(T14)6月13日、電気鉄道に切り替え(全線の電化と軌道拡幅が完成し電車に)
* 1922年(T11)10月29日、秋保石材軌道株式会社が秋保石材電気軌道株式会社と改称
* さらに、T14年1月12日に秋保電気軌道株式会社と改称
* 1959年(S34)、仙南交通自動車と合併し、仙南交通秋保線と改称
* 1961年(S36)5月7日、秋保線廃止、長町駅から「さよなら列車」運行 
「重訂 宮城県郷土史年表」P353、P591/「仙台市史 年表」P101、P102、P103、P121、P122  さよなら列車は、22-09 
愛宕大橋(広瀬川) 開通  1975年(S50)  愛宕上杉通り(国道286号)の広瀬川にかかる橋 / 青葉区土樋(つちとい)と太白区越路(こえじ)とを結ぶ / 橋の南詰が愛宕上杉通りと広瀬河畔通りとの境目

* 1975年(S50)10月1日、開通(交通渋滞緩和のため、愛宕橋のやや上流に建設、長さ228m、幅260m) 
「仙台市史 年表」P130/「続・ 宮城県郷土史年表」P45   
愛宕堰 完成  1954年(S29)  広瀬川の河川改修にともない完成 / 愛宕堰は広瀬川から、七郷堀(農業用などの幹線水路)への取水口  「仙台市史 年表」P119   
愛宕橋(広瀬川) 吊り橋開通  1901年(M34)  * 古くは誓願寺渡し
* 1901年(M34)に吊り橋(仙台初)
* 1903年(M36)2月11日、架設
* 1912年(M45)に大水害で流失、 その後は、幅1間の板渡し 
「仙台市史 続編1 行政建設編」P409~410に愛宕橋の記述/「仙台あのころこのころ八十八年」P240/「仙台市史 年表」P92   
愛宕橋(広瀬川) 木造橋  1916年(T5)  * 1916年(T5)8月、レンガのピアノ木造橋となる
(「重訂 宮城県郷土史年表」P362では、愛宕橋、霊屋橋の竣工は、T4と記載) 
「仙台市史 続編1 行政建設編」P409~410に愛宕橋の記述/「仙台年表」P190/「重訂 宮城県郷土史年表」P362  99-110 
愛宕橋(広瀬川) コンクリート橋  1935年(S10)  * 1935年(S10)6月、上部を失対事業でコンクリート橋に架け替え
「仙台市史10 年表」P285では、S10年5月20日架換工事竣工、式典挙行(出典:仙台市報)と記載

 
「仙台市史 続編1 行政建設編」P409~410に愛宕橋の記述 /「重訂 宮城県郷土史年表」P445/「仙台市史10 年表」P285   06-05 
アメリカシロヒトリ防除 防除開始  1967年(S42)  * 1967年(S42)7月2日、防除本部設置し駆除開始(アメリカシロヒトリが、八木山、北山、東仙台など郊外にも広がる)  「重訂 宮城県郷土史年表」P633   
ありのまま舎 設立  1970年(S45)  * 1970年(S45)、任意団体「ありのまま舎」設立
* 1975年(S50)、映画「車椅子の青春」制作/第1回日本赤十字映画祭長編部門最優秀賞受賞
* 1982年(S57)111月11日、 映画「続・車椅子の青春(忘れられた一日)」完成
* 1986年(S61)、社会福祉法人ありのまま舎設立
* 1987年(S62)、身体障害者自立ホーム「仙台ありのまま舎」開所(西多賀4丁目) / 4月5日、入居式
* 1989年(S64)、付帯施設「障害者自立センター」開所
* 1999年(H11)、1回ありのまま舎自立大賞設立(以後毎年開催)
* 2013年(H25)、県南ありのまま舎、名取ありのまま舎(相談支援事業)開設
このほか、製作映画、出版、受賞など多数あり 
「社会福祉法人ありのまま舎」ホームページhttp://www.arinomama.or.jp/menu1_2.html  
/「続・ 宮城県郷土史年表」P153、P221 
 
イールズ事件   1950年(S25)  * 1950年(S25)5月2日、東北大学生、イールズ博士演説反対闘争開始 / 6月5日、学生14名処分(3名は退学、停学、譴責あり)/ 7月6日、学生2名追加処分  「仙台市史10 年表」P323/「重訂 宮城県郷土史年表」P542~543   
泉ヶ岳勤労者野外活動センター 開館  1980年(S55)  * 1980年(S55)9月、泉ヶ岳勤労者野外活動センターが開館  「仙台市史 年表」P132   
泉岳少年自然の家 開設  1973年(S48)  * 1973年(S48)6月15日、泉ヶ岳に仙台市泉岳少年自然の家を開設  「仙台市史 年表」P128/「続・ 宮城県郷土史年表」P20   
イズミティ21 開館  1987年(S62)  * 1987年(S62)11月1日、泉市文化創造センター(イズミティ21)開館  「仙台市史 年表」P135   
市場 明治期    * 1880年(M13)12月16日、「長町青物市場」を名取郡の野菜生産農家が開設
* 1881年(M14)10月25日、青物市場が「河原町市場」に一本化され、長町市場は閉鎖される 
* 1892年(M25)6月25日、「長町青物市場」を名取郡茂ケ崎村長町に開設
* 1892年(M25)7月30日、「共同八百屋市場」、河原町・新河原町に開設 
「仙台市史 年表」P83、P84、P88   
市場 大正期(公設市場)    * 1919年(T8)9月15日、公設市場として南町通りに「仙台市南市場」、表小路に「仙台市北市場」を開設
* 1920年(T9)9月28日、両市場を閉鎖
* 1920年(T9)12月17日、新たな公設市場として「名掛丁市場」を開設
* 1921年(T10)12月24日、名掛丁市場を閉鎖し、翌日、定禅寺通に「中央公設市場」、清水小路に「南公設市場」、北一番丁に「北公設市場」を開設
* 1922年(T11)8月4日、宮城県公設市場増設し、木町通に「西公設市場」開設  
「仙台市史 年表」P99、P100/「仙台市史10年表」P259   
市場 昭和期    <戦前>
* 1929年(S4)、肴町の「仙台魚市場」と「河原町市場」が卸売市場の開設認可
* 1930年(S5)7月21日、河原町市場が、株式会社「仙台青果市場」として開業
* 1930年(S5)10月3日、「仙台果物市場」開設
* 1943年(S18)1月18日、「仙台鮮魚市場」、東七番丁に完成

<戦後 昭和40年まで>
* 1950年(S25)8月28日、「仙都魚類株式会社の魚市場」開設許可
* 1963年(S38)12月1日、明治25年創設の「長町青果市場」が閉場 
「仙台年表」P208/「仙台市史 年表」P105、P123/「仙台市史10 年表」P275、P324/「重訂 宮城県郷土史年表」P292、P546、P548、P611   
市場 仙台東一公設市場(東一マーケット)    * 1946年(S21)?、「仙台東一公設市場」(東一マーケット)は、戦後、東一番丁通り北部の三越のやや南で、道の東側に面してあった
* 1956年(S31)、鉄筋2階建に改築され、その後も「東一市場」の名で存続

<火災>
* 1951年(S26)2月5日、東一番丁火事(午後1:40頃)により、東一マーケットに延焼 / 17戸全焼 
<火災>
「市民の戦後史」P50/「仙台年表」P221/「重訂 宮城県郷土史年表」P547/「仙台市史10 年表」P325 
16-3816-39 
市場 仙台中央公設市場(中央マーケット)    <開設>
1946年(S21)5月か8月、「仙台中央公設市場」開設、場所は、東一番丁の南部(旧・大通り)、藤崎より南で道の東側
*「仙台中央市場」開設は、
 ・「市民の戦後史」P30のキャプションではS21年5月
 ・ 同P7の年表では、S21年8月
 ・「仙台市史特別編4 市民生活」P91ではS21年8月 →「S21年8月、仙台露天商実業睦組合が、東一番丁から南光院丁に向けて建設した仙台中央公設市場が156店の出店で正式に開場した」

<火災>
*1948年(S23)2月20日
・ S23年2月20日、東一番丁に昼火事あり、東一中央公設市場及南松竹映画館等焼失す(「重訂 宮城県郷土史年表」P525)
・ S23年2月、東一中央公設市場92戸焼失(「市民の戦後史」P9)
・ S23年2月10日、東一番丁中央市場付近で火災、90戸以上焼失(「仙台市史 年表」P115)

*1948年(S23)5月27日
・ S23年5月、東一番丁仙台中央市場62戸焼失(「市民の戦後史」P10)
・ 仙台市東一番丁公設市場、S23年5月27日に火災で61戸を焼失(「重訂 宮城県郷土史年表」P526)
・ 5月27日、約70戸焼失(「仙台市史 年表」P115)
・ 仙台中央市場62戸全焼(「仙台市史10 年表」P318)

*1961年(S36)月日、東一番丁中央市場で、17戸焼失(「仙台市史10 年表」P318) 
<開設>
「市民の戦後史」P7、P30 /「仙台市史特別編4 市民生活」P91

 
22-55(の右端に写る)/98-013 
市場 仙台市中央卸売市場  1960年(S35)/1973年(S48)  * 1957年(S32)4月26日、起工式(宮城野原旧練兵場跡)
* 1960年(S35)12月4日、宮城野原に開設、「水産部」の業務開始
* 1961年(S36)12月11日、「青果物部」の業務開始

<新・仙台市中央卸売市場>
* 1973年(S48)11月1日、原町南目(卸町4丁目)に、新たな「仙台市中央卸売市場」開場(青果、水産、花き部門を併設)
* 1975年(S50)7月14日、仙台市田子(扇町6丁目)に、中央卸売市場(食肉市場)開業
* 1988年(S63)1月16日、花き部門を分離、花き市場が苦竹4丁目に完成した新施設で営業開始 
仙台市HPのうち、仙台市中央卸売市場(市場の歴史)および仙台市中央卸売市場(食肉市場の歴史)
/「仙台市史 年表」P121、P122、P129、P135/「重訂 宮城県郷土史年表」P585、P602/「続・ 宮城県郷土史年表」P24、P43、P238 
 
一番町(旧・東一番丁)全域 一番町(旧・東一番丁) 全体  総説  一番町は南から北へ、1~4丁目まであるが、商店街としての一番町は2丁目以北で、3つの商店街で構成されている。 武家の町だった東一番丁が、明治期以降は次第に商店がつらなる繁華街となり、仙台を代表する商店街「東一番丁」となった。 1970年(S45)2月の新住居表示で、「一番町」となる。  <参照>旧町名と新住居表示実施後の新町名の対比、実施年月日は、仙台市HPの 「旧町字名(地区名)一覧表と旧・新住所対照表(五十音順)」http://www.city.sendai.jp/kosekijumin/kurashi/tetsuzuki/koseki/jisshi/hyoji/ichiran.html    
一番町(旧・東一番丁)全域 一番町(旧・東一番丁) 全体  年表 (昭和初期~平成10年)  S3.4.15、東北産業博覧会(55日間開催)にあわせ、東一番丁通りがアスファルト通りになり、街灯(スズラン灯)がつく、ただし、三区域ごとに独自の形 / S4.1.6、市庁舎新築落成 / S6.9.10、県庁舎竣工 / S20.7.10、仙台空襲で、東一番丁一帯も壊滅的被害 / S20.12、仙台駅前「闇市場」、東一番丁に移転 / S20.12.25、東一番丁歳の市復活、出店500軒 / S21.8、東一番丁に戻ったバラック店舗52軒がいっせいに七夕飾りをかかげる / S21.8.15、3夜連続で復興盆踊り開催(東一が全市に先駆け) / S22.4.17~4.18、さくらまつり開催(新憲法施行記念の仮装行列) / S22.8.5~8.7、市内各商店街、戦後初の七夕まつり(8.5には昭和天皇仙台巡幸を七夕飾りで歓迎)  / S22、戦後のスズラン灯建つ / S28、アーケード設置を前に電柱撤去(南町通り角~定禅寺通り角、838m)/ 東北初のアーケード完成(北部は S29.7、中央部S29.1.14、南部=大通りはS29.12.11) / S29.12.12、アーケード完成祝賀仮装行列 / S34.3.4、青葉通りが全線開通 / S36.5.12、ネオンアーチ完成 / S40.12.8、夢のカラー歩道完成(定禅寺通り~南町通りまでの1.5キロ、乳白色の人造大理石にグリーンのアクセサリー) / S41.7.15~7.17、東一番丁百年祭を祝う(藩祖政宗公生誕400年を記念して) / S42.1.25、定禅寺通り、広瀬通りが全線開通(東一番丁付近完成はS29.4) / S45.2.1、住居表示変更(東一番丁 → 一番町) / S45.10.10~、歩行者天国実施(土日祝、320店) / S47年、歩行者天国を全面実施 / S51.3.31、仙台市電廃止 / S52.12.3~25、全面歩行者天国(午後0時~6時) / S53.6.12、宮城県沖地震 / S54.1.20、東一番丁通りが通行禁煙となる / S54、東一番丁通りが歩行者専用道路となる / S54.7,東一番丁通りカラー煉瓦に化粧 / S61.12、光のページェント始まる / S62.7.15、地下鉄南北線開通(勾当台駅できる)   各商店街の年表は、「東一番丁連合会創立五十周年」(平成10年発行)のP8~9の「年表」による/「仙台市史 年表」P127、P128、P131、P134/「仙台市史10 年表」P311/「仙台市史 年表」P215/「重訂 宮城県郷土史年表」P571/「続・ 宮城県郷土史年表」P91、P98/電柱撤去は、「番丁詳伝」P166  61-16(S3,スズラン灯がついた東一番丁)、35-14(空襲被害)、53-08 (天皇巡行)、47-05 (東一番丁百年祭)22-58 (歩行者天国)など、写真分類A-02(東一番丁)の全写真 
一番町(旧・東一番丁)全域 一番町(旧・東一番丁) 全体  商店街組織  S23.2.20、東一連合会発足 / H10.11.11、東一連合会、50周年記念式典開催(記念誌発行)  各商店街の年表は、「東一番丁連合会創立五十周年」(平成10年発行)のP8~9の「年表」による   

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歩兵第104連隊
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