【関連資料】E 仙台七夕
三原良吉著「仙台七夕と盆まつり -その由来と伝承-」 P13  「大正の末から昭和の始め頃は仙台の七夕祭りがもっとも花々しい時代であったが、安政生まれの伊藤清次郎氏の『仙台夜話の年中行事の項』に、大正末期の七夕祭りを幕末のそれに比較して、往時のそれに比較する時は到底及ぶところではない。(幕末は)全城下各町競って飾り付けた。(後略)」
「あきんどの町-おおまちに至るまでの四百年」 P100 「昭和に入ってすぐ、その伝統を生かしながら、下火になった七夕行事に喝をいれたのは大町の人々である。 当時大町五丁目共同会会長の佐々木重兵衛は、町内の桜井常吉、三原庄太らに相談。 『不景気退散』の合言葉で、仙台商人の意気をみせようと町内一斉に七夕を飾りつけて、市民から喜ばれたのは昭和2年のことである。 昭和3年6月、東北産業博覧会終了後、昨年の七夕を一層盛大にしようと、佐々木重兵衛の提唱を取り上げた仙台協賛会は、連合協議会の案をもって商工会議所に建議し、共同開催で実施することとした。 参加町内を募ったところ、仙台駅前、名掛丁、新伝馬町、大町通り、国分町、東一番丁、虎屋横丁、立町通り、五丁目新丁、元櫓町など11町会が参加し、八月六日夕四時一斉に飾付けがはじまり仕掛物が披露され、三日二夜にわたる祭典が開幕した。(以下略)
阿南透 都市祭礼「仙台七夕まつり」の成立と変容  P8 「日中戦争の本格化により、戦前の仙台七夕は1938年(昭和13年)からは中止となった。」 / 掲載誌情報(URI形式) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000095977-00
仙台年表 P209 (その元の出典は「河北新報」) 「昭和14年8月6日、仙台七夕の飾りつけを廃止す」
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