【関連資料】D-11-03 その他の橋

広瀬川に架かる橋のうち、仲の瀬橋、霊屋橋(おたまやばし)、愛宕橋、宮沢の「一銭橋」、広瀬橋 /
(大橋は、【分類D-11-01】 を見よ)

仲の瀬橋 (旧)中の丁と川内地区を結ぶ橋 / 【「仙台市史 続1」P412】と【「仙台市史10、年表】  → 「以前は渡船橋だった。 昭和2年11月、竣工、開通式(昭和3年の「東北産業博覧会」のため)  昭和15年、水害で流失  昭和16年5月、工兵第二連隊の手で完成  昭和25年の出水時に橋桁、橋台など被災し その後復旧。  昭和28年に架替着工し、昭和31年9月に、ゲルバー型の鋼板桁橋(長さ163.3m、幅9m)が完工 /
霊屋橋 【「仙台市史続編1」P410、「仙台市史10 年表」、「宮城県郷土史年表」、「仙台年表」より】 →「明治42年、越路橋架橋(新設、“粗末な三文の渡し”)~今の霊屋橋より100m程下流に~。  再三水害にあい、明治43年流失。  大正5年、木造吊り橋新設完工(霊屋橋と命名)。  昭和9年8月、市失業対策事業として架け替え起工。  昭和10年4月17日鉄筋コンクリート橋竣工」  /  【「仙台市市史 続編1 P410】 →「橋の下の広瀬川の中に、100万年前の第四紀洪積世に死滅したといわれる「セコイヤ」の化石が数十本残存しており、天然記念物に指定されている」 /
愛宕橋 【「仙台市史 続編1 行政建設編」P409~410に愛宕橋の記述】 →「古くは誓願寺渡し。 明治34年、吊り橋(仙台初)。  明治末年に大水害で流失。 その後は、幅1間の板渡し。 大正5年8月に、レンガのピアノ木造橋。 昭和10年、上部を失対事業でコンクリート橋に」 /
宮沢の「一銭橋」 【参考】 ①仙台市史 続編1(P409)、 ②仙台あのころこのころ88年 P135、 ③仙台市史 別冊2(P825、P831)、 ④仙台市史10 年表(P293)  / 「広瀬川に架かる宮沢橋の前身で、幅60センチ位の板を渡しただけの細い橋だった。 1880年(明治13)までは渡し舟だったが、その後、私設の有料橋となり、通行料が3銭だったが終わりころには1銭になったので通称「1銭橋」と呼ばれていた。  1946年(昭和21)または47年(昭和22)に100m程上流に本格的な木造橋が架けられたが、48年(昭和23)のアイオン台風と、50年(昭和25)の洪水で被害を受けた。 1955年(昭和30)8月には今(1995年現在)の宮沢橋が完成した。 板を渡した「1銭橋」は、川の増水時には取り外しができるようになっていた。」  /
広瀬橋 広瀬川に架かり、長町から旧市内へ入る国道の橋 /明治42年架設(日本の鉄筋コンクリート橋の第1号だった) / 橋長127m、橋幅10.3mで両側に当時としては珍しく歩道がつけられていた / 昭和34年、老朽化で架け替え / 上流側に昭和11年に市電の専用橋ができた /
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