【解説】C-08-01 宮城県庁舎

宮城県庁は、はじめは藩政時代の藩校「養賢堂」(勾当台通り)に置かれたが、大正4年には隣接地に木造2階建ての新庁舎が出来て移転、昭和6年にはRC構造の洋館(3階、一部4階)となり戦後も使われたが昭和61年に解体され、平成元年からは、18階建てのビルとなった。養賢堂は、仙台空襲(昭和20年7月)で焼失した。

「宮城県の百年」P51には、昭和6年当時の県庁付近平面図があり、県庁舎と養賢堂、その南側にあった商品陳列所や宮城県図書館、衛戍病院、仙台警察署の位置関係がわかる。

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